ここまでにもテンソルという言葉はちょくちょく出てきましたが,いよいよテンソルの勉強を始めます.添字を使ったベクトルの扱いに慣れていれば,テンソルの計算そのものはそれほど難しくありません.
復習のため,まずスカラーから話を始めます.スカラーとは座標系によらない量ですから,例えば がスカラーだとすると,どの座標系から見ても
は
です.
には添字も何も付きません.添字の数は
です.ふむふむφ(..)
次にベクトルを思い出しましょう.ベクトルはある座標系の上で のように書けました.
と略して,
と書くことができますので,添字の数は
です.ベクトルの成分は,座標系に応じて変化します.
最後に, 計量テンソル の記事に出てきた計量テンソル を考えてみます.計量テンソルは次式のようにベクトルをベクトルに変換するものとして定義されていましたが,名前の通りテンソルです.添字の数は見ての通り
です.
添字の数が なので,計量テンソルは 二階のテンソル という種類になります.実は スカラーは零階のテンソル , ベクトルは一階のテンソル なのです.二階のテンソル成分もベクトル同様,座標系に応じて値が変化し,添字の上下によって 共変テンソル , 反変テンソル などの違いがあります.さらに,上下の添字両方を含むものを 混合テンソル と呼びます.(詳しくは テンソルの一般的表現 を参照してください.)
添字の数に注目して,スカラー,ベクトル,二階のテンソルと順番に見てみましたが,どうやらテンソルとはベクトルの概念をさらに拡張したもののようですね.
スカラー ,ベクトル
,計量テンソル
の添字の数は,それぞれ
でした.添字の数がもっと多い量
も,いくらでも考えることができます.これらをまとめて テンソル と呼びます.添字の数を明示的に示すためには,添字の数で
階のテンソルと呼ぶのが正確です.
ここまでに,計量テンソル(二階のテンソル),スカラー(零階のテンソル),ベクトル(一階のテンソル)は勉強しましたが,一般に 階のテンソルと言えば,添字が
個ついた量になります.
では,単に添字がたくさんついた量をテンソルと呼ぶのかと言えば,そうではありません.テンソルの満たす大事な性質に, 変換則 にあります.
ある座標系 から,新しい座標
に座標変換することを考えます.ここで行う座標変換は,ベクトルの長さを変えない変換とします.言い方を変えて,内積の値を変えない変換と言っても同じことです.( 内積空間 参照.)具体的には,これは平行移動と回転からなる変換になり,このような変換を総じて 直交変換 と呼びます.
直交変換に際して,スカラー,ベクトル,二階のテンソル,三階のテンソル,そして 階のテンソルが,どうような変換をされるかを例示します.
両辺の添字の関係に着目して下さい. は
を変換する働きをしていますが,右辺で上下に分かれて現われた添字を消すと,形式的に左辺の形になることを確認して下さい.また,添字の数に注意すると,
階のテンソル
が,
階のテンソル
によって
階のテンソル
へ変換されている関係も分かると思います.上の例では,反変ベクトル
が共変ベクトル
に移されるような例を挙げましたが,
の添字の上下に応じて他ににも次のような組み合わせが考えられるでしょう.
ポイントは,右辺で上下に分かれた二回現われている添字が消えているということです.
Important
直交変換に対し,変換則 〜
のいずれかを満たす量
を
階テンソルと定義します.
[*] | 式 ![]() ![]() ![]() |
今の議論で,共変・反変の区別はあまり重要ではないので,以下のセクションでは特に断らない限り,ベクトルやテンソルは反変成分(例えば や
)で表わします.
このセクションではテンソルの成分を考えてみます. 階のテンソルであるスカラーの成分は言うまでもなく
個です.次に,
階のテンソルであるベクトル
の成分は,
ですから
個です.二階のテンソル
は,
,
ですから,
と
の組み合わせには
あって,
成分になります.階数に応じて成分数が
となっていますね.一般に
次のテンソルの成分は
個になります.
[†] | ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
[‡] | テンソルを行列の一種だと思い込んでいる人に出くわすことがありますが,これは大変な誤解です.この原因は恐らく,物理や工学に出てくるテンソルの多くが二階のテンソルであり,二階のテンソルは ![]() ![]() ![]() ![]() |
前のセクションでは,テンソルを座標変換の際の変換則によって定義しました.式 の変換則は今後も頻繁に使うものですから,しっかり覚えておいて下さい.しかし,変換則だけでは添字をこちょこちょいじっているだけのようで,どうも定義としてパンチに欠けます. もう一度だけ内積外積 で既に紹介した定義ですが,ベクトルの延長としてテンソルを定義した方が直観的に納得しやすいかも知れません..
ベクトル は適当な基底
を使って次のように表現できました.
もしくは,その成分を括弧でくくって のように書けました. ベクトルは一階のテンソルであることを再確認して下さい.
次に,ベクトルの基底 を二つ組み合わせて作った基底
を考えると,このような基底には
で
種類があり,その成分
として二階のテンソルを表現することができます.
新しく作った基底 って何なんだYO!という疑問はまぁ置いておいて,表現の仕方としては,式
をそのまま二次に拡張したのが式
になっているという点は,見て納得できると思います.成分だけを次のように書いても良いでしょう.
の行列の形にまとめて書くのが便利です.これも,ベクトル成分を括弧で書いたことの拡張です.
さらに,ベクトルの基底 を三つ組み合わせれば三階のテンソルになります.三階のテンソルの基底は
の形で,成分は
のようになります.(
成分ですね.)さらに一般には,ベクトルの基底
を
個組み合わせた基底
と,その成分
を使ってテンソルは次のように書けます.(右辺は縮約により,和になっています.)
こう見てくると,ベクトルは確かにテンソルの特殊な場合だということが分かると思います.基底を使ったテンソルの定義 と,座標系を直交変換する際の変換則を使ったテンソルの定義式
は,異なる定義のように思えますが,実は,式
のようにベクトルを幾つか組み合わせてテンソルを作るとき,その成分
はちゃんと式
の座標変換の式を満たすことが示せます.逆に,任意の
階テンソルは
個のベクトルを組み合わせたものとして表現することが出来ます.ですから,座標変換の式による定義
と,『ベクトルを組み合わせてテンソルを作る』という定義
は数学的に同値なのです.どちらの視点も大事です. ベクトルからテンソルを作る でこの問題を少し掘り下げてみます.
Important
をベクトルとして,
を
階テンソルと定義しても良いです.
ただし,私達はまだ,この掛け算のような記号 が何なのかきちんと考えていません.これを テンソル積 と呼びますが, 双線形関数 から テンソル代数 にかけて,テンソル積についてはよく考えてみたいと思います.テンソルの代数的構造を探るには,多少,線形代数や代数学の知識が必要になります.
[§] | テンソルの持つ性質で非常に大事なものに,もうひとつ多重線形性と呼ばれるものがあります.この多重線形性をテンソルの定義にしても良いのですが,少し難しいので後回しにします.多重線形性については 多重線形性とテンソル空間 で考えます. |
[¶] | ベクトルの計算しかしていなかったときは,ベクトルとベクトルの積と言えば,内積か外積しかありませんでしたから,何となく ![]() ![]() |
このように,テンソルとは多数の成分からなる,ベクトルのお化けのような量だということが分かりましたが,テンソルの添字が座標系を表わす番号であったことを思い出せば,多少とも物理的な例を考えてイメージを持つことが出来ると思います.
零階のテンソルであるスカラーは,その表現も変換則も座標系によりません.ということは,もしもある物理量がスカラーならば,その値はどの座標系から観測しても変わらないはずです.
アインシュタインが相対性理論を考える発端となった疑問は,光速で飛んでいる人が光を観測したら,どのような速度に見えるだろうか,いう問題でした.結論から言えば,光速はどこから観測しても一定に見えるそうですが,それは光速がスカラーだからです.
[#] | ベクトルの内積はスカラーですから座標不変量で,座標系には寄らないはずです.内積を双対ベクトルを使って ![]() |
[♠] | ただし,相対論で考える座標系は,空間の三次元に時間を足したミンコフスキー空間と呼ぶ四次元の座標系で,座標変換の式をローレンツ変換と呼びます.ミンコフスキーだとかローレンツだとか四次元だとか,なんだか難しそうに思うかも知れませんが,要するに座標変換の話に過ぎません. |
一階のテンソルであるベクトルは, のように
つの成分だけからなります.これは座標よって見え方の変わる量で,古典力学の範囲では,力,速度,位置,加速度,物体の回転モーメントなどが代表例です.
[♥] | ベクトルもテンソルですから,座標変換の式 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
ベクトル を,
のように変換する量
は二階のテンソルです.この式を『
を変数とする関数
』と考えて,物理的状況を考えてみましょう.
いま第一成分 を考えると,
の変化が
の全ての変化に関係するという意味だと解釈できます.この状況の例として,弾性のある物体に力をかけた場合の変位を挙げられます.消しゴムのようなものをギュウと押すと,力を加えた方向に縮むだけでなく,横にも広がりますね.(もしくはゴムを引っ張ると,引っ張った方向に伸びるだけでなく,太さは細くなります.)縦の変化と横の変化が相関している訳ですが,このような状況を表わすのが二階のテンソルです.この例は材料力学に出てくる,応力-ひずみテンソルというものです.( 材料力学 を参照してください.)
力学に出てくる二階のテンソルの例としては,慣性モーメントも重要です.慣性モーメントは,物体の縦・横のやせ具合(太り具合)と,縦・横の軸の周りの回しやすいさの関係を示す量ですので,やはり二階のテンソルで上手く表現されます.一般に縦の変化と横の変化が相関する物理現象には二階のテンソルがよく顔を出します.力学や材料力学の教科書が手元にあれば,これらの例の物理的意味をもう一度復習してみて下さい.
すでにお馴染みのクロネッカーのデルタも実は二階のテンソルです(添字が二つですね).クロネッカーのデルタの行列表記は次のようになります.
[♦] | 三階以上のテンソルの物理的かつ直観的イメージはどのように表現できるでしょうか?読者のみなさんに,何か分かりやすいイメージを持っている方がいたら,ぜひ教えてください. |