擬テンソル

ベクトルとは,直交変換に際して次のような変換則に従う量と定義されました.

{A'}_{i} =  \alpha_{ij} A_{j}  \tag{1}

これとそっくりな, 擬ベクトル という量が 反対称テンソルと軸性ベクトル に出てきました.

{A'}_{i} = \pm  \alpha_{ij} A_{j}      \tag{2}

違いは, \pm という記号があるかないかですが,擬ベクトルは,右手系と左手系が入れ替わるような座標変換に対しては,その符号を入れ替わるのでした.(擬ベクトルを,軸性ベクトルとも呼びます.)擬テンソルのこの性質を高階のテンソルにまで一般化し,やはり右手系・左手系の交換に伴って符号を変えるような量を, 擬テンソル と呼びます.擬テンソルの一般的な定義は,この座標変換を表わす行列の行列式 {\rm det}|A| を用いて,次のように定式化します.

{A'}_{i_{1}i_{2}...i_{n}} = {\rm det}|\alpha |  \alpha_{i_{1}i_{2}...i_{n}j_{1}j_{2}...j_{n}} A^{j_{1}j_{2}...j_{n}}   \tag{3}

この {\rm det}|\alpha | が, \pm になることを次のセクションで確認します.

座標変換の行列式

まずはベクトルの変換から考えます.直交座標系で考え,座標変換前の基底ベクトル (\bm{{i}_{i}},\bm{{i}_{j}},\bm{{i}_{k}}) ,変換後の基底ベクトルを (\bm{{i'}_{i}},\bm{{i'}_{j}},\bm{{i'}_{k}}) とします.直交座標系で考えているので,基底については次の関係式がなりたちます.

\bm{i_{i}}\cdot \bm{i_{j}}= \delta_{ij} =\begin{cases} \tag{4-1}1 \ \ \ (i = j) & \cr 0 \ \ \ (i \ne j)\end{cases}
\bm{{i'}_{i}}\cdot \bm{{i'}_{j}}= {\delta'}_{ij}= \begin{cases}        \tag{4-2}1 \ \ \ (i = j) & \cr 0 \ \ \ (i \ne j)\end{cases}

また,新旧の座標系の間には,次図のような関係があります.図中 \bm{r_{0}} は旧座標系の原点, \bm{{r'}_{0}} は新座標系の原点とします.

Joh-TransVec1.gif

このとき次の関係式が分かるでしょう.

\bm{r} = \bm{{r'}_{0}} + \bm{r'}       \tag{5-1}
\bm{r'} = \bm{{r}_{0}} + \bm{r}                \tag{5-2}

これより, A_{1}\bm{i_{1}}+ A_{2}\bm{i_{2}} + A_{3}\bm{i_{3}}= {A'}_{1}\bm{{i'}_{1}}+ {A'}_{2}\bm{{i'}_{2}} + {A'}_{3}\bm{{i'}_{3}} として,成分に関して次式がなりたちます.ダッシュのつく位置に気をつけてください.両辺とも,縮約により j について和を取る形になっています.

A_{j}\bm{i_{j}} = {A'}_{j}\bm{{i'}_{j}} + {A'}_{0j}\bm{i_{j}}  \tag{6-1}
{A'}_{j}\bm{{i'}_{j}} = {A}_{j}\bm{{i}_{j}} + {A}_{0j}\bm{{i'}_{j}}    \tag{6-2}

(6-1) の両辺に \bm{i_{k}} を,式 (6-2) の両辺に \bm{{i'}_{k}} を作用させて内積を取ると,基底の直交関係より,次式を得ます.

A_{k} = {A'}_{j}(\bm{{i'}_{j}} \cdot \bm{i_{k}}) + {A'}_{0k}   \tag{7-1}
{A'}_{k} = {A}_{j}(\bm{{i}_{j}} \cdot \bm{{i'}_{k}})+ {A}_{0k} \tag{7-2}

次に,式 (7-1)(7-2) 中の内積部分を,上手くテンソルの形に直すことを考えます.基底の変換則 \bm{{i'}_{j}}  = \alpha _{j'l} \bm{i_{l}} の両辺と \bm{i_{k}} の内積を取ることで,式 (7-1) 中の内積部分 (\bm{{i'}_{j}} \cdot \bm{i_{k}}) を次のように表わせるでしょう.

(\bm{{i'}_{j}} \cdot \bm{i_{k}}) & = (\alpha _{j'i} \bm{i_{i}}) \cdot  \bm{i_{k}} \\ & = \alpha_{j'k}

同様に, \bm{{i}_{j}} \cdot \bm{{i'}_{k}} =\bm{{i}_{j}} \cdot (\alpha_{k'i} \bm{{i}_{i}} )= \alpha_{jk'} となります.一方, \bm{{i'}_{j}}  = \alpha _{j'l} \bm{i_{l}} の両辺と \bm{i'_{k}} の内積を取ると次式を得ます.

(\bm{{i'}_{j}} \cdot \bm{i'_{k}}) & = (\alpha _{j'l} \bm{i_{l}}) \cdot (\alpha _{k'm} \bm{i_{m}})   \\ & = \alpha _{j'l} \alpha _{k'm} \delta_{lm} \\ & = \alpha _{j'm} \alpha _{k'm} \\ & = \delta_{j'k'}     \tag{8}

導出が長くなりましたが,式 (8) が求めていた式です.テンソルの関係式 \alpha _{j'm} \alpha _{k'm}  = \delta_{j'k'} を行列の形に書き換え,両辺の行列式を取ります.

{\rm det} [\alpha _{j'm} \alpha _{k'm} ]= {\rm det} [\delta_{j'k'}]=1

クロネッカーのデルタの行列式は添字に関わらず 1 です.また, [\alpha _{j'm}][ \alpha _{k'm} ] の行列式は同じはずですから,左辺は ({\rm det} [\alpha _{j'm} ])^{2} だと考えても良く,結局次式を得ます.

{\rm det} [\alpha _{j'm}  ]= \pm 1

(3) は次のように書けます.

{A'}_{i_{1}i_{2}...i_{n}} = \pm  \alpha_{i_{1}i_{2}...i_{n}j_{1}j_{2}...j_{n}} A^{j_{1}j_{2}...j_{n}}  \tag{9}

(3) もしくは式 (9) を擬テンソルの定義式とします.符号は,右手系と左手系が入れ替わる座標変換においては -1 ,右手系と左手系が入れかわらない座標変換においては +1 に取ります.