レヴィ・チヴィタの記号

テンソル解析によく出て来る記号に レヴィ・チヴィタの記号 と呼ばれるものがあります.この記号にはどういうわけか色々な呼び名があり,エディントンのイプシロン,順列記号などと呼ばれることもあります.また,記号には,通常ギリシャ文字のイプシロンを使いますが,書体も \varepsilon だったり \epsilon だったりと一定しません.

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レヴィ・チヴィタ (\text{Tullio Levi-Civita (1873-1941)}) はイタリアの数学者で,博士論文の内容はテンソル解析でした.解析力学や微分方程式論の分野にも業績があります.第一次大戦の影響から科学者同士の交流さえ政治的に難しくなっていた状況で,国際的な応用数学の学会を開くのに尽力したことで知られています.ユダヤ人であったため,晩年は不当な差別にも遭いましたが,最後まで学問の国際性と非政治性を訴え,各国の科学者と交流しました.

レヴィ・チヴィタの記号

レヴィ・チヴィタの記号と呼ばれるものは,添字 ijk の並び方に応じて次のような値を取るものです.

\varepsilon_{ijk} =  \begin{cases} +1 \ \ \ ((i,j,k) \in \{ (1,2,3),(2,3,1),(3,1,2) \} )   & \cr -1 \ \ \ ((i,j,k) \in \{ (1,3,2),(3,2,1),(2,1,3) \} )  & \cr 0  \ \ \ \  (otherwise)\end{cases}\tag{1}

添字 ijk が, (1,2,3) の偶置換である場合は +1 ,奇置換である場合は -1 ,それ以外(例えば文字が重複する等)の場合は 0 とするわけです.(偶置換や奇置換については 対称群 を参考にしてください.)

レヴィ・チヴィタの記号は,正規直交座標系の基底ベクトル \bm{i_{i}},\bm{i_{j}},\bm{i_{k}} を使うと次のようにスカラー三重積の形で書くこともできます.この表現が確かに式 (1) を満たすことを確認して下さい.

\varepsilon_{ijk }= (\bm{i_{i}} \times \bm{i_{j}}) \cdot \bm{i_{k}}    \tag{2}

添字が三つあることから, \varepsilon_{ijk } は三階のテンソルなのではないかと推測した人がいると思いますが,実は, \varepsilon_{ijk } はテンソルではなくて擬テンソルです.

レヴィ・チヴィタの記号が擬テンソルであること

ある正規直交座標系 (\bm{i_{i}},\bm{i_{j}},\bm{i_{k}}) から別の正規直交座標系 (\bm{{i'}_{i}},\bm{{i'}_{j}},\bm{{i'}_{k}}) へ座標変換する場合を考え,まず (\bm{{i'}_{i}},\bm{{i'}_{j}},\bm{{i'}_{k}}) に対し,次式のようにレヴィ・チヴィタの記号を定義します.

{\varepsilon'}_{ijk }= (\bm{{i'}_{i}} \times \bm{{i'}_{j}}) \cdot \bm{{i'}_{k}}\tag{3}

新旧の座標変換が \bm{{i'}_{i}}=\alpha_{i'l}\bm{{i}_{l}}  と書けるとすると,式 (3) は次のように変形できるでしょう.

{\varepsilon'}_{ijk }=\alpha_{i'l}\alpha_{j'm}\alpha_{k'n} (\bm{{i}_{l}} \times \bm{{i}_{m}}) \cdot \bm{{i}_{n}}

ここに 擬テンソル の記事で考えた変換の行列式 \Delta を用いれば,さらに次のように変形できます.この辺りの式変形の意味がよく分からない人は, 擬テンソル を復習して下さい.

{\varepsilon'}_{ijk } &=\Delta (\bm{{i}_{l}} \times \bm{{i}_{m}}) \cdot \bm{{i}_{n}} \\ &= \Delta {\varepsilon}_{lmn}

このようにして,レヴィ・チヴィタの記号は,三階の擬テンソルであることが示せました. \Delta は,右手系から右手系,もしくは左手系から左手系の変換に際しては +1 ,右手系と左手系が入れ替わるような変換に際しては -1 となります.

[*]三重積の符号が座標系の取り方によることを知っている人には,レヴィ・チヴィタの記号が擬テンソルであることは式 (3) より明らかだと思います.そもそも, \pm 1 の両方を取れるというだけで,擬テンソルの臭いがプンプンして来ます.スカラー三重積は,スカラーですが,座標系の取り方によって符号が変わるので,正確には擬スカラーと呼ばれる量なのです.