最初から知っておいた方が良い言葉を簡単に説明しておきます.まだ群論を始めたばかりの人は,いまいちピンと来ないかも知れません.ここに出てくる言葉は,繰り返し出てくるものなので,いますぐに全部を理解しようと頑張らなくても大丈夫です.何となく,耳に入れておくだけで十分です.このページでは簡単で概略的な説明を与えるにとどめ,必要に応じて,より数学的に正確な定義や具体例をおいおい示す予定です.
群の元 [*] の数を 位数 (いすう)と呼びます.例えば集合 が群をなすとき,この群の位数は4です.位数は,次のように絶対値の記号で表わします.
[*] | 集合を作っているものを,要素,元,元素などと呼びます.いろいろな呼び方がありますが,どれも同じです.今後は主に元(げん)を使います. |
位数が有限の群を 有限群 ,位数が無限の群を 無限群 と言います.上の例 は有限群です.
この後のページで詳しく取り上げる有限回転群,クラインの四元群,正六面体群などは有限群です.整数全体は,加法に関して群をつくりますが,整数は無限にありますので,無限群です.
群の演算で,交換則が成り立つもの(演算 に対して となるもの)を 可換群 (もしくは アーベル群 )と呼びます.逆に,交換則の成り立たない群を 非可換群 と呼びます.一般に,なにか演算があったとき,その演算は可換であるとは限りません.
例えば,行列の乗法,空間での有限回転の合成( 無限小回転1 を参照), 四元数 の乗法などは非可換です.
[†] | 可換群は,演算規則に関してかなり素直な構造を持った群だということができるでしょう.群論はガロア( )によってその基礎が作られましたが,それ以前にも多くの数学者が同様のアイデアに(一歩手前まで)到達していました.五次方程式に解の公式が存在しないことを最初に証明したのはアーベル( )ですが,アーベルは群として可換群だけを考えていました. |
可換群に成り立つ演算が の記号を使って表わされているとき,とくにこれを 加群 (または 加法群 )と呼びます.
元の結合は のように書き, 回連続的に元 を結合させる場合は, のように書きます. の記号を使うのは『演算が可換だよ』ということを明示するためで,その演算は,私達が日常なれ親しんでいる実数の足し算とは少し趣きが異なるかも知れません.
群の元になりたつ演算を,乗法に従って記述する群を 乗群 (または 乗法群 )と呼びます.記号は を使うか,文字の間には何も書きません.
元の結合は のように書き, 回連続的に元 を結合させる場合は, のように書きます.
一般に,乗群の演算は可換とは限りません.
[‡] | 要するに,乗群は普通の群なのです.加群と対比させるために並べて書いただけです.記号に引きずられて,加群や乗群を足し算や掛け算のイメージで理解しようとすると,そのうち苦しくなってきます. |
[§] | 加法も乗法も,二つの元から,一つの元を作る演算です.(これを, 空間から, 空間への写像と見ても良いです.) このような演算を 二項演算 と呼びますが,加法も乗法も同じ二項演算の一種なので,大きく見れば似たものです.可換かどうかを明示するための区別として,加群と乗群という名前を使っているとも言えます.群では一種類の演算しか考えませんが,環や体という代数構造は二種類の演算を持ち,普通はそれを加法と乗法と呼び,足し算と掛け算のように書くことになっています.そのような事情もあると諒解しておいて下さい. |
[¶] | 一般的に数学では,乗法とは何らかの作用だと感じておくと,色々な場面で理解が深まるかも知れません.例えば と の積を考えるとき, と とでは意味が全然違います.前者では,微分という操作が行われてしまったのに対し,後者は微分演算子を 倍しただけで,依然として右から何か関数が乗ぜられるのを「待ち構えている状態」なのです.これは を左側から乗ずる操作には,微分作用を起こすという意味があるからです(もちろん『左から掛けたときに微分する』というのは決め事であって,『右から掛けたときに微分する』ように定義しても良いのです.そのうち,左から作用する,右から作用する,という話が群論にも出てきます.) 微分演算子 や,関数の合成 などが全て乗法の形で表現されること思い出せば,一定の理解は得られることでしょう.(足し算の形で使う演算子なんてありませんね.) そして,世の中には一度起こってしまったらもとには戻れない変化だってあります.だから,乗法は一般には非可換なのです.可換と非可換の質的な違いには,とてもとても大きいものです.(非可換の)乗群の演算の背後には,何らからの質的変化を伴う作用が念頭に置かれていると考えても良いと思います. |
図形を動かす様々な変換のうち,図形の一点を不動に保つような変換の全体からなる群を 点群 と呼びます.例えば,図形の一点を中心とする回転,その一点を通る直線に関する鏡映,その一点を中心に全ての点を反転させる操作などは,点群となります.
分子や結晶の構造を記述するのに便利なため,点群には様々な応用上の話題があり,点群を分類したり,種類を記述する表記法なども発達しています.化学や結晶学の本によく出てくるものです.
次に,空間群を説明しましょう.同じ模様が繰り返される壁紙や,商店街の舗装レンガを想像してみてください.こうした繰り返し模様が無限に広がっているとき,模様一個分だけ前後左右に動かしても,見た目は変わりません.つまり,模様を整数個分だけ動かす変換は,図形を自分自身に写します.
また,模様によっては,回転させたり,反転させたりしても見た目が変わらないものもあるでしょう.このように,図形を自分自身に重ねて見た目が変わらなくなるようにする変換全体からなる群を, 空間群 と呼びます.空間群は,基本的には点群の操作に平行移動を足したものだと考えることもできます.(ただし,点群の中には平行移動と相容れない操作もあるので,このような点群を除きます.)
空間群の位数は平行移動を含むため,無限です.とくに,平面の空間群を 壁紙群 (←すごく綺麗な図が出ているので見てみてください)と呼ぶこともあります.結晶学では,結晶格子の繰り返し構造を記述するのに,空間群が威力を発揮します.代数分野では,点群や空間群を詳しく扱いませんので,興味のある方は 固体物理学 のページをご参照ください.
群論では,集合の元になりたつ演算の構造を考えます.単に演算の構造だけに着目するとき,日常生活の感覚からは全く別物だと思われる操作(立方体の回転,文字列の並び替え,アボリジニの婚姻に関する掟,行列の計算,等々)が,『同じ構造を持っている』ということを抜き出して考えることが出来る場合があります.このとき,一見まったく違ってみえるこれらの集合を,群としては同じだとみなせます.次の図は,青字で書いた演算に対して,全然違ったものに思える4つの群が同じ構造をしていることを示す例です.単位元は書いてありませんが『じゃんけんしない』『1』『食べない』『何にも足さない』です.(給食の食べ方には異論があるかも知れません.)
もう少し正確に言うと『演算に関して同じ構造を持つ二つの群で,それぞれの元の間に,一対一対応がなりたつ』とき,この二つの群を同型だと呼びます.群 と が同型であることを,記号で次のように書きます.
[#] | この定義は,それでもまだ少しいい加減なものです.同型の定義は,そのうち 準同型定理 , 同型定理 などの記事で詳しく考えます. |
[♠] | ある集合を考えると言ったとき,単に何かを寄せ集めるのではなく,その集合の要素同士に成り立つ演算や,集合や要素に付与されている性質をも併せて考えます.これらを,集合の構造という言い方をしているわけです.代数学には,群のほかにも,体,環,束など,いろいろな構造を持った集合が出てきます.数学の他の分野には,幾何学的構造,解析的構造などがありますから,ここで私達が考えているものは,代数的構造と呼んで区別する方が正確です. ブルバキ によれば,数学には代数構造,順序構造,位相構造という三つの構造があるということです.構造を考えるというのは,別に代数学に限ったことではないのですが,やはり代数は,なんでも抽象化して構造だけ考えようとする傾向が強い分野です.このあたりの抽象性に慣れていない人は,最初はなるべく何でも例と一緒に考えて理解するようにしましょう.代数構造,位相構造なども特に区別せず,とにかく構造一般を研究しようという,極度に抽象的な数学の分野が 圏論 です.ここまで行くと,もう訳が分からない世界です. |
集合 がある演算について群になっているとします. の部分集合 が,やはり同じ演算について群となるとき, を の 部分群 と呼びます.とりあえず,群の部分集合が同じ群構造を持つとき,部分群と呼ぶと思っておいて下さい. が の部分群になることは, の記号を使って次のように表わします.