不純物の導入

はじめに

 固体の大きな特徴として,結晶性というものがあります.結晶というと塩や雪の結晶を思い浮かべる方も多いと思いますが,固体物理学ではきちんと定義されており,平たく言えば同じ構造が周期的に並んでいるということです.この周期構造のおかげで固体の扱いが容易になります.ここ数十年の固体物理の発展はこの結晶性のおかげだと言っても過言ではありません.ところが,現実に完全な周期構造を持った結晶というのは存在しません.どんなに結晶性のよい物質でも原子のいない点欠陥があったり,不純物原子が混ざっていたり,歪みがあったりします.そして,本質的にその周期性の乱れが重要な役割を果たすこともあります.そのため周期性の乱れによって固体の状態がどのように変化するか知っておくことには大きな意味があります.

 ここでは,周期構造の乱れがある場合に,エネルギー準位がどう変化するか,バンド構造の観点から見ていきます.「 バンドの形成 」の続きものですので,読んでいない方はまずそちらを先にご覧下さい.

完全な周期構造

 周期構造の乱れが起きた時の前に,完全な周期構造ではどのようになるかおさらいしておきましょう.「バンドの形成」のところで説明したように,原子が集まると,もともと一つだったエネルギー準位は分裂しバンドを形成します(図1(a)).また例えば基底状態(一番低いエネルギー)に属する波動関数を見ると結晶全体に広がっていることも分かります(図1(b)).ここでは示しませんが,他の準位に属する波動関数も同じように結晶全体に広がっています.

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浅い井戸の導入

 では12個ある井戸の一つを浅い井戸に置き換えるとどうなるでしょうか?また浅い井戸に置き換えるとはどういう意味を持つのでしょう.規則正しく同じ形をした井戸が並んでいる中に一つ形の違うものを導入する訳ですから,これは不純物が存在するときの一つのモデルを提供してくれます.

 ではさっそくエネルギー準位を調べてみましょう(図2(a)). 完全な周期構造の場合とかなり似ていますね.でもよく見てみると,もともとエネルギー準位のなかった,バンドの上の辺りにぽつんと一つエネルギー準位が現れています.そう,これが不純物原子の導入による効果です.全体から見れば,一見わずかな変化ではありますが,例えば半導体を扱う時にとても大きな役割を果たします. さらに詳しく性質を知るために,この不純物によって作り出されたエネルギー準位に属する波動関数を見てみましょう(図2(b)). これはかなり特徴的ですね.完全な周期構造の場合,波動関数は結晶全体に広がっていたのに対して,これは浅い井戸,つまり不純物原子の周りに局在していることが分かります.

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深い井戸の導入

 次に周りよりも深い井戸を導入してみましょう.まずエネルギー準位を調べます(図3(a)).今度はバンドの下にエネルギー準位が現れました.そしてその準位に属する波動関数の特徴は,浅い井戸の時と同様,不純物原子の周りに局在していることが分かります(図3(b)).

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狭い井戸の導入

 今度は井戸幅の狭いものを一つ導入してみましょう. また,もともと禁制帯だったところにエネルギー準位が現れました(図4(a)).そして,その波動関数はそこに局在していることがわかります(図4(b)).

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まとめ

 さまざまな形の井戸を不純物のモデルとして導入し,その時のエネルギー準位,波動関数を調べてみました.それぞれのモデルにおいて少しずつ違う点はあるにせよ,共通する性質として以下の二点が挙げられそうです.

  • 不純物を導入するとバンドギャップ内に新たなエネルギー準位が形成される.
  • その準位に属する波動関数は,不純物に局在する.

 現在使われている電子機器には半導体が多く使われています.半導体工学ではこの不純物によって新たに現れるエネルギー準位をうまく利用して電気特性を制御しています.この辺りのことをもう少し知りたい方は「 真性・外因性半導体(中級編) 」を読んでみて下さい.