手投げ人工衛星

人工衛星を打ち上げるには,宇宙ロケットを使った大規模な作業が必要ですね. それを,「手で投げてもできるよ」と言う人がいたらどうでしょう. ちょっとアレな人かな,と訝しんでしまいます. ところが,ある場合では手で人工衛星を打ち上げることもできるんです. それは重力が小さい場合,です.

重力は星の質量に比例しますから,地球よりもずっと軽い(小さい)星でなら, 手で投げても十分人工衛星を打ち上げられるわけです. そんな星に行けるかどうかはさて置いて, 頭の中でだけ考えてみるのも面白いので,少し考えてみましょう.

人工衛星とは

はじめに,人工衛星とはどういったものか,を簡単に整理しておきます.

衛星

人工衛星の前に,そもそも衛星とはなにか,です. 夜空に浮かぶ月は,地球の衛星です. 月が地球のまわりをぐるぐる回っているのは,ご存知のことと思います. このような天体を衛星と言います.

人工衛星

人工的につくられた衛星が,人工衛星です(そのまんまですね). おもに通信や観測などを目的としてつくられ,地球のまわりに多数存在します. 天気予報でおなじみの気象衛星もその一つです. 宇宙ステーションやスペースシャトルも地球を周回していますが, これらは普通,人工衛星とは呼ばないようです.

ところで人工衛星,たまに肉眼でも確認できます. 夜中に空をみていると,光っている星のようなものが 直線的に動いていることがあります. はじめて見たときは「UFOか!?」とビックリしますが,それは人工衛星です. まだ見たことがない方は,注意して夜空を眺めてみましょう. 遥か彼方を航行する人工物を見たあかつきには,科学ってすごいな,と感動すること請け合いです.

衛星が周回し続ける理由は?

月や人工衛星は地球のまわりをぐるぐると回っているのですが, その動力源はいったいなんなのでしょう. 実は,基本的には「落ちている」だけなのです.

たとえば,高いところから石ころを放すと,特に力を与えなくても下に向かって進みますね. その理由を,物理では「地球が石を引っ張っている」と解釈します [*] . この引っ張る力が重力 [†] であり,その力の法則が万有引力の法則です.

[*]本当は二つの物体間(地球と石)にそれぞれ力が働いているのですが, 石が地球を引く力はあまりに小さいので,地球は動かないとして良いのです.
[†]単に重力といった場合,地球上の物体が,地球の各部分から受ける万有引力の合力ことを指します. さらに,地球は自転していますので,地上の物体には遠心力が働きます. ですので,地上で観測される重力とは万有引力と遠心力の合力となります.

さて,力を加えずただ単に石ころを落とすと,地面にぶつかりそこで止まってしまいます. では水平方向に力を加え,少し遠くに投げたらどうでしょうか. 遠くまで飛んでも,やはり地面にぶつかって止まりますね. さらに加える力を大きくして石ころを飛ばします. するとさらに遠くまで飛びますが,いつかは地面にぶつかって止まってしまいます.

sakima-handsatellite1.png

ここで一つ,重要なことを思い出します.地球は球である,ということです. もの凄く遠くへ石ころを投げると,やはり途中で落ちているわけですが, 地球が丸いために落ちた分がキャンセルされ,地面につかないことになるのです.

sakima-handsatellite2.png

それはつまり,ずっとずっと地球中心に向かって落ち続けるということです. これが,月や人工衛星が地球をぐるぐると回り続けている理由です. もの凄く遠くまで石を投げるには,もの凄い初速度(投げるときの速度)を与える必要があります. それを人類は,ロケットという技術で実現したんですね.

宇宙速度

初速度が小さければ投げた物体は地球表面に落ちますが, 初速度を大きくして行くと,やがて投げられた物体は地球を周回するようになります. このとき,円を描いて周回します. そしてそのときの初速度は,第1宇宙速度と呼ばれます.

さらに初速度を大きくすると楕円軌道になり, さらにさらに大きくすると地球の重力から離れてどこかへ飛び去ってしまいます. このときの初速度には第2宇宙速度という名前が付いています.

第1宇宙速度の大きさ

もう少し具体的に,衛星を周回させるために必要な初速度,第1宇宙速度を考えてみましょう. ここからは,投げる物体のことを人工天体と呼ぶことにします. 質量がそれぞれ Mm の二つの物体間に働く 万有引力 F

F = G\frac{Mm}{r^2} \tag{1}

という法則で表されます.ここで G は万有引力定数という定数, r は物体間の距離です. M の方を惑星の質量, m の方を人工天体の質量としておきます.

つぎに,運動方程式を考えます.運動方程式とは

ma=F

でしたね.いま,地球のまわりを人工天体が円運動するとします. 人工天体が衛星として地球を周回するときの高度を十分低いものとする [‡] と, 回転半径は地球の半径と同じ r としておいて良いでしょう.

[‡]このように設定したときの速度が第1宇宙速度です.

人工天体の速度を v とすると,上記運動方程式の加速度 a

a=\frac{v^2}{r}

と書くことができます.円運動をしている場合, このように半径と速度を用いて加速度を書き表せるんですね. というわけで上に書いた運動方程式は

m\frac{v^2}{r} = F \tag{2}

と書き換えることができます.

式(1)式(2) から

m\frac{v^2}{r} = G\frac{Mm}{r^2}

となり, v= に変形すると

v = \sqrt{\frac{GM}{r}} \tag{3}

となることが分かります.これがいか程の大きさか計算してみます. 万有引力定数 G=6.67\times10^{-11}\,\mathrm{[N\cdot m^2/kg^2]} , 地球質量 M=6.0\times10^{24}\,\mathrm{[kg]} , 地球半径 r=6.4\times10^6\,\mathrm{[m]} を代入して計算すると

v = 7.9\times10^3\,\mathrm{[m/s]}

という値が得られます. これを時速に直す( 60\times60 を掛けて 10^3 で割る)と

v = 2.8\times10^4\,\mathrm{[km/h]}

です.時速二万八千キロ.とても手で投げて得られる速度ではありません.

人工衛星を手投げで打ち上げるには

地球上で人工衛星を打ち上げるには,時速二万八千キロという猛烈な初速度が必要なことが分かりました. そしてこの速度は, 式(3) から惑星の質量 M に比例し, 半径 r に逆比例することが見て取れます.

いよいよ人工衛星を手で打ち上げるための条件を考えて行くわけですが, 第1宇宙速度の式の変数が Mr の二つあるので,このままでは考えるのが難しそうです. そこでまず,これら二つの変数の間の関係を求め,変数の数を減らす,という作業をします.

惑星半径と質量の関係

簡単のため,惑星の密度が一定であるとします. この密度を \rho (単位は \mathrm{[kg/m^3]} )としておきます. 球の体積 V と半径 r の関係は

V=\frac{4}{3}\pi r^3

となることはよく知られています.そして質量 M と密度 \rho には

M=\rho V

という関係がありますね.これら二つの式から,

M &= \rho V\\  &= \frac{4}{3}\rho\pi r^3

というふうに,惑星半径と質量の関係が分かりました. さらに, \frac{4}{3}\rho\pi というのは定数(単なる数値)になりますので, いまはこれを A と置いておきます.すると結局

M = Ar^3 \tag{4}

という関係に落ち着きます.この関係をグラフにすると

sakima-handsatellite3.png

のようになります.半径が大きくなると,その3乗に比例して質量は増加するのです.

第1宇宙速度と惑星半径の関係

式(3) の第1宇宙速度 v をもう一度書いておきます.

v = \sqrt{\frac{GM}{r}}

ここで M式(4) を代入しますと,つぎのようになります.

v = r\sqrt{GA} \tag{5}

これをグラフにすると,

sakima-handsatellite4.png

のようになります. vr に比例しています.比例係数(傾き)は \sqrt{GA} です. 惑星半径が小さければ,第1宇宙速度も小さくて済むことになります.

手投げ可能な半径

ようやく,手投げ人工衛星を可能にする条件を求める準備が整いました. 手で投げる物は,石などの投げやすいものとしておきます. 手で石を投げてどの位の速度がでるのかよく知りませんが,時速 50 キロ程度でしょうか. これを秒速何メートルに直すと, 13.88\,\mathrm{[m/s]} . この速度を 式(5) に代入すると

13.88 = r\sqrt{GA}

したがって求める半径は

r = \frac{13.88}{\sqrt{GA}}

となります. A=\frac{4}{3}\rho\pi を元に戻し,ここで考えている仮想惑星の密度を 地球の平均密度 \rho=5.52\,\mathrm{[g/cm^3]}=5.52\times10^3\,\mathrm{[kg/m^3]} とし, 万有引力定数 G=6.67\times10^{-11}\,\mathrm{[N\cdot m^2/kg^2]} を代入し計算します.

r &= \frac{13.88}{\sqrt{G\times4\rho\pi/3}}\\  &= \frac{13.88}{\sqrt{6.67\times10^{-11}\times4\times5.52\times10^3\times3.141/3}}\\  &= 1.12\times10^4\,\mathrm{[m]}

したがって,手投げ人工衛星が実現可能な惑星の半径は, 約 1.12\times10^4\,\mathrm{[m]} ,つまり約 11.2 キロメートルと求まりました. ちなみにこのときの惑星質量は 2.54\times10^8\,\mathrm{[kg]} です.

少し乱暴な計算でしたが,このように簡単なモデルを設定し, 基本法則を頼りにいろいろと空想できるのが,物理学の面白いところだと言えるでしょう. さらに,そのような重力の小さな場所で物を投げたら投げた反動で自分はどうなるのか, ジャンプしたらどこまで飛ぶのか,などといろいろ考えてみるのも楽しいですね.

小惑星探査機はやぶさ

このページで考えたみたような小惑星,太陽系にも実際に存在しています. おもに火星と木星の間にあり,軌道が分かっているものだけでも一万個以上あるそうです (実際の小惑星の直径はもう少し小さく, 1, 2 キロメートル前後). そしてさらに,日本の JAXA が小惑星「イトカワ」から表面のサンプルを採取する目的で, 2003年5月9日に 小惑星探査機はやぶさ を打ち上げ,現在ミッション進行中です.

小惑星「イトカワ」は直径約500メートル,上で求めた半径よりもさらに小さな惑星です. 小惑星上での重力は地球のざっと一万分の一以下, 火星に送り込んだ「ローバー」のような自走型の探査機は使えません. その理由は,ちょっと走ると浮いてしまうというのもありますが, 重力(定数 g )が微少なのでタイヤが十分な摩擦力 F=\mu mg を 得られないという理由も大きいようです.なので,どうせ浮くならと, 小惑星探査機はホッピングしながら進むそうです.

はやぶさは2005年夏にターゲットの小惑星に極接近し,サンプルを回収. そして2007年夏にサンプルを地球に持って帰るというなんともワクワクする計画です. 小惑星への往復に用いられる電気推進エンジン,接近のための超高精度な自律制御など, 現代科学の粋が凝らされていますね.こういったロマン溢れる冒険を ガッチリと支えているものが物理学だということは,言うまでもありません.