ベクトルの回転

ある軸の回りに,グルリとベクトルを回転させるとどうなるかを考えます.ベクトルの計算としては,内積,外積,ベクトルの射影が出てきます.忘れてしまった人は先に もう一度ベクトル を復習してみて下さい.最初に有限回転(回転の大きさが無視できない)の場合を考えます.次に,有限回転の式から微小回転(回転が十分小さい)の場合の式を導きます.この二つの式を導くのが本稿の目的です.

ベクトルの有限回転

ベクトル \bm{r} を, \bm{r} と並行ではない単位ベクトル \bm{n} の回りに,角度 \phi だけ回転させたものを \bm{r'} とします.回転の方向はネジを回すとベクトル \bm{n} の方向にネジが進むような方向です.つまりは,次の図のような状況を考えているわけです.目標は, \bm{r'}\bm{r} , \bm{n} , \phi で表すことです.頑張りましょう.

Joh-Rot2.gif

この図さえ綺麗に書ければ,半ば勝負はあったようなものです. r' は次のように表すことが出来ます.図を見ながら,式を一行ずつ納得して読んで行って下さい.

\bm{r'}&=\overrightarrow {ON}+\overrightarrow {NV}+\overrightarrow {VQ} \\&=\bm{n}(\bm{n}\cdot \bm{r})+[\bm{r} - \bm{n} (\bm{n}\cdot \bm{r})]\cos \phi -(\bm{r}\times \bm{n})\sin \phi \tag{1}

一気に最後まで書いてしまいましたが,ここでの計算は大丈夫でしょうか.途中で,ベクトルの射影と外積を使っています.一応,何がどうなっているのか,説明をしておきましょう.

[式の解説]

一行目はさすがに大丈夫だと思います.

二行目を一項ずつ見ていきましょう.まず \overrightarrow {ON} ですが,これは rn に射影したものですので \bm{n}(\bm{n}\cdot \bm{r}) となるわけです. n は単位ベクトルなので長さは 1 だということに注意して下さい.(ベクトルの射影を忘れてしまった人は, もう一度ベクトル を復習して下さい.)

次にベクトル \overrightarrow {NV} ですが,これはベクトル \overrightarrow {NP} と向きが同じで,長さは \cos \phi 倍のものですので(上図の右側を見てください), \overrightarrow {NP} \cos \phi = [\overrightarrow {OP}-\overrightarrow {ON}] \cos \phi = [\bm{r} - \bm{n} (\bm{n}\cdot \bm{r})]\cos \phi と書けるわけです.

最後にベクトル \overrightarrow {VQ} ですが,これが (\bm{r}\times \bm{n})\sin \phi だというのには,少し説明が要るかもしれません.まず外積の定義を思い出しましょう.外積 \bm{r}\times \bm{n} の向きは,ねじ回しを,ベクトル \bm{r} からベクトル \bm{n} に向かって回したときに,ネジが進む方向でした.つまり,右の図に書いてあるような向きになります.また,その大きさは \bm{r}\bm{n} のなす角を \theta とすれば \big\arrowvert r\big\arrowvert \big\arrowvert n\big\arrowvert \sin \theta = \big\arrowvert r\big\arrowvert  \sin \theta でしたので,ちょうど図に描いてある円の半径と等しくなるわけです. \theta は左の図に書き込んでありますので, \big\arrowvert r\big\arrowvert  \sin \theta が図の円の半径に等しくなることを確認して下さい. VQ の長さは円の半径の \sin \phi 倍ですから, \overrightarrow {VQ}=-(\bm{r}\times \bm{n})\sin \phi となるわけです.( r \times n\overrightarrow {VQ} は向きが逆なのでマイナスがついていることにも注意して下さい.)

[式の解説終わり]

式(1)は『ベクトル \bm{r} を,ベクトル単位ベクトル \bm{n} の回りに半時計回りに角 \phi だけ回転させた』ベクトル \bm{r'} を表す式だということです.これはロドリグの公式と呼ばれています.少しだけ項のまとめ方を変えて,次のような形で紹介されていることの方が多いかも知れません.

\bm{r'}=\bm{r}\cos \phi+ \bm{n} (\bm{n}\cdot \bm{r})[1-\cos \phi] -(\bm{r}\times \bm{n})\sin \phi \tag{2}

無限小回転

さきほど求めたロドリグの公式で,回転が微小の場合を考えましょう.式(2)で, \phi の代わりに d\phi とします.このとき \cos d\phi =1 , \sin d\phi = d\phi とみなせますので,式(2)は次のような簡単な形に帰着してしまいます.

\bm{r'}=\bm{r}-(\bm{r}\times \bm{n})d\phi

回転が微小のときにはベクトル \bm{r} の変化も微小だと考えて, \bm{dr}=\bm{r'}-\bm{r} と置くと,次のように書けることが分かると思います.

\bm{dr}=\bm{r'}-\bm{r}=-(\bm{r}\times \bm{n})d\phi \tag{3}

これがベクトルを微小回転させたときの変位を表す式です.教科書によっては,この式がいきなりベクトルの微分というページに出てくることもあります.それはそれで一つの考え方です.本稿では,敢えて,図形的に有限回転の場合をまず求め,そこから無限小回転の場合を導くというアプローチを取りました.

回転する座標系から運動を見るときに,遠心力,コリオリ力などの見かけの力が働きますが,こうした見かけの力を求めるときに式(3)がとても大事です.

まとめ

公式としてベクトルの回転の式を再掲しておきます.ときには有限回転の式も重要です.

有限回転の式:

\bm{r'}=\bm{r}\cos \phi+ \bm{n} (\bm{n}\cdot \bm{r})[1-\cos \phi] -(\bm{r}\times \bm{n})\sin \phi \tag{2}

微小回転の式:

\bm{dr}=\bm{r'}-\bm{r}=-(\bm{r}\times \bm{n})d\phi =(\bm{n}\times \bm{r})d\phi\tag{3}

注)有限回転の式を,ロドリグの公式と呼びましたが,この式を導いたのはロドリグではないという説が有力です.この式自体は,実はもっと昔から知られていたようなのですが,ベクトルという概念がまだ無かったので,違った説明のされかたをされていました.ベクトルという概念を前面に押し出して,この公式を初めて導いたのはギブスのようです.こういった事情により,ロドリグの公式という言い方を避けて,ベクトルの回転公式などと呼ぶ人もいるようですが,未だに定着している名前はありません.本稿では,慣用に従ってロドリグの公式という名前を使いました.