四次元の世界って何だろう?

四次元世界という言葉のイメージについて,よくある誤解を解きたいと思ってこのページを書きました.中高生や,物理が苦手な人,そして,以下の項目に一つでも当てはまる人は,読んでみて下さい.

  1. 四次元は摩訶不思議な世界だと思っている人
  2. 四次元空間とは,三次元に時間軸を足したものだと思っている人
  3. 相対性理論と四次元ポケットは,関係があると思っている人

計量空間としての四次元

ドラえもんの四次元ポケットの中身が科学的にどうなっているのか,詳しくは知りませんが,とにかく四次元空間を利用しているに違いありません.マンガやSFには,よく「空間がねじれてしまった」「四次元ワープを使う」などという表現が出てきますが,これらの表現の意味する四次元空間とは,恐らく「空間座標の次元が4つある」という世界のことと推察されます.すなわち,長さの計量単位となるベクトルが,独立に4つ取れるということです.

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私達が普段住んでいる世界の空間座標は,縦・横・高さの三つの次元で十分に表されますから,3次元の世界だということが出来ます.ですから,頭の中で,空間座標に4つの次元が必要な世界を想像するのは無理な話で,とても不思議な感じがするわけです.

(とりあえず 『ユークリッド計量空間としての4次元』 と覚えておいて下さい. 数学的に,この四つの軸は同等です.時間は関係ありません. )

相対性理論に出てくる四次元

ところで,アインシュタインの相対性理論には四次元の計算が出てきます.(物理を勉強したことがない人でも,なぜか,相対性理論に四次元が出てくるということだけは,知っている人が多いようです.)だから,相対性理論は不思議なものなんだ,ドラえもんのポケットにも関係があるんだ,となんとなく思っている人がいるかも知れません.しかしこれは全くの間違いです.

確かに,相対性理論では,運動を記述するのに4つの次元からなる空間を考えますので,この意味では相対論で,四次元空間を扱うと言えます.しかし,この座標の元は『三つの空間座標と一つの時間』とからなっていますから,先ほどの『空間座標が四本ある世界』とは違う話です.

私達は三つの空間座標と一つの時間軸で表される世界に住んでいますから,アインシュタインの理論に出てくる四次元空間には,一切,不思議なところは無いのです.(私たちの今住んでいる世界では,物には縦・横・高さがあり,時間が一方向に流れている,ということは,常識的に明らかではないでしょうか?)

アインシュタインの偉いところは,3次元の計量空間と時間を,4つセットにして計算した点にあります.というのは,物の長さと時間が独立ではないことが分かったからです.

四次元という言葉がどちらにも出てくるので,混乱する人がいるのでしょう.ドラえもんのポケットの中は(多分), ユークリッド計量空間として四次元 です.相対論に出てくる四次元は, 普通の三次元に時間を足したもの(ミンコフスキー空間と言う) です. [*]

[*]少し上級レベルの人のための註です.ミンコフスキー空間も実は一種の計量空間ですので,ユークリッド計量空間と全く別のものだと考えるのは間違いです.どちらの空間でも,内積が定義できるので,距離空間です.ただし,内積の演算規則が違うので,少し様子が異なる空間となっています.相対論の文脈では,むしろミンコフスキー空間が計量空間であり,時間と空間を一まとめにして計算できるという点が重要です.大学生の人で,この註の意味がよく分からない人は,ベクトル空間,内積空間,距離空間,ノルムなどをキーワードに,関連項目を復習してみてください.

相対論を勉強すると,質量が増大する,物差しの長さが長くなる,時間の進み方が遅くなる,など,どうも日常生活では起こりそうもない不思議な結果が出てきますが,これらの結果の持つ「不思議な感じ」が,「四次元は不思議な世界だ」という誤解に結びついてしまったのでしょう. 四次元と聞くと『それって,3次元に時間軸を足したもの?』と何となく思っていた人,それは違いますよ. [†]

[†]数学者の中には,先ほど述べた,計量空間としての四次元空間の図形を考えている人たちがいます.ところが,四次元と聞くと,「じゃあ,四つ目の軸は,時間ですか?」と言う人が必ずいます.私の友人にも,四次元図形を研究している人がいますが,しょっちゅう「いや,時間は関係なくて...」と説明しています.(-_-;)三次元や四次元の図形は,低次元幾何学と言って,もっと次元の高い図形よりも難しいそうです.こちらの世界に興味がある人は,まずは多様体の理論を勉強するといいと思います.

位相空間

それでも,まだ,四次元と聞くだけで,どうしても不思議な世界だという思ってしまう人がいるかもしれません.では,相対論から少し離れて,物理で高次元の計算が出てくる例として,飛行機の運動を考えてみましょう.

飛行機の運動に,何か不思議な計算が出てくる感じはしませんね.ところが,飛行機の運動を記述するには,位置( x,y,z ),速度( u,v,w ),回転運動( p,q,r )の情報が必要ですので,9つも成分があるベクトルの計算をする必要があります.つまり九次元ベクトルです.

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(写真は CarterCopter 社に提供頂きました.どうもありがとうございました.)

飛行機の運動に九次元の計算!?四次元どころではありませんね.でも,よく見ると,位置,速度,回転運動のそれぞれは,3つの成分を持つベクトルですから,何も不思議なことはないのです.これを『3成分を持つ3つのベクトル』として計算しても,『9つの成分を持つ1つのベクトル』として計算しても,基本的に同じことなのです.そして,時には,1つのベクトルとして計算した方が便利ですので,9次元空間の計算(!?)みたいなことを行うわけです.

このように,物理学では,何かの状態を決めるために10個の情報が必要ならば10次元で,20個の情報が必要ならば20次元で,というように,変数の数に応じて適当な次元を考えます.(これを 位相空間 と呼びます.)一緒に計算してしまった方が楽なものを,一緒にしているだけです. [‡]

[‡]飛行機のような身近なものの計算にも高次元空間が使われている例として,位相空間を引き合いに出しました.位相空間自体は,先ほどの計量空間と対立する概念ではありません.位相空間が計量空間でもいいわけで,別のものではありません.

『量子力学には無限次元が出てくるらしいよ』と聞いて,『ヒェ〜!4次元でさえワケワカラナイのに,えらいこっちゃ!』と思う人は,きっとまだ,計量空間と位相空間を混乱している人です.もう一度,最初から考え直してみてください.『毎日30品目食べるように気をつけてるから,わしの献立は30次元じゃ!』と思える人は,もう大丈夫です.

まとめ

相対性理論が初めて世に紹介されたとき,「物の質量が変わる」「物の長さが変わる」「時間の流れ方が変わる」などという,およそ日常生活では想像しにくい結果ばかりが誇張され,相対性理論を,とても難しいもの,不思議なもの,信じられないもの,と思い込む風潮が生まれたと考えられます.

確かに,相対論から出てくる結果は,不思議で魅力的なものですが,計算自体は難しいものではありません.

ところが,その『不思議な感じ』だけが一人歩きし,四次元という言葉とごっちゃになって伝わり,SFやマンガなどを通じて,『四次元』がまるで不思議なものの代名詞のようになってしまったのでしょう.その意味では,作家や漫画家の人が,不正確に四次元という言葉を使い続けた責任も大きいと言わねばなりません.

位相空間の節で説明したように,単に4つのものをまとめて計算しているというだけの四次元なんて,何にも不思議なことはないのです.

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