テンソルの一般的表現

ベクトル代数の分野で勉強したことの復習ですが,ベクトルには共変ベクトルと反変ベクトルという種類がありました.テンソルにも添字の上下に応じて 共変テンソル反変テンソル の違いがあります.さらに,(二階以上の)テンソルには 2 つ以上の添字がありますから,上下に分かれた添字が混ざっているものも考えられます.上下の添字が混ざったものを 混合テンソル と呼びます.二階のテンソルで,共変テンソル,反変テンソル,混合テンソルの例を示します.

{\alpha}_{ij}
{\alpha}^{ij}
{\alpha}_{i}^{j}

ベクトルは二階のテンソルによって座標変換されますが( テンソルの概念 参照),共変ベクトルを共変ベクトルに,もしくは反変ベクトルを反変ベクトルに移す変換に登場するのは混合テンソルです.

A_{i} = {\alpha}_{i}^{j}A_{j}  \tag{1-1}
A^{i} = {\alpha}_{j}^{i}A^{j}  \tag{1-2}

これらの変換式は既に ベクトル成分の座標変換 で紹介してありますから,忘れてしまった人は復習してください.これに対して,反変テンソルや共変テンソルを使うと,反変ベクトルを共変ベクトルに,もしくは共変ベクトルを反変ベクトルに移すことができます.

A_{i} = {\alpha}_{ij}A^{j}     \tag{2-1}
A^{i} = {\alpha}^{ij}A_{j}     \tag{2-2}

共変ベクトルと反変ベクトルの関係性については 双対基底双対基底の図形的関係 などで紹介しましたが,その変換則を司るのは共変テンソルや反変テンソルだったわけです.

[*]ここまでの記事では,テンソルの座標変換の式として式 (2-1) の形のものを代表的に考えてきましたが,もちろん議論はそれだけに限定されるわけではありません.重要なのは両辺の添字の関係であって,上とか下という区別には,どちらでなければならないという優劣関係はありません.ベクトルの分野で 双対基底 を勉強した人は,既にこの辺りの感覚を見につけていると思います.

また,混合テンソルの添字について,添字に順番がある場合(つまり,どちらの添字が一つ目でどちらが二つ目かという区別がある場合),添字の順番が分かるように,少し添字をずらして書いたり,ピリオドを打って区別したりします.

A_{i}^{.j}, \ \ \ A_{.i}^{j}

例えば, A_{i}^{.j} は『最初の添字は共変,二番目の添字は反変』という意味, A_{.i}^{j} は『最初の添字は反変,二番目の添字は共変』と解釈します.

[†](2-1)(2-2) を単に『添字の上げ下げ』と呼ぶ人がいますが,それだけでは非常に機械的で無機質な操作に聞こえます.双対空間や内積の意味を考えれば,添字のシステムが非常によく出来ていることに改めて感心できると思います. 内積と双対空間 では,添字の上げ下げについてもう少し数学的な考察を行います.

計量テンソル

リーマン計量 ds^2 = g_{ik}dx^{i}dx^{j} を持つ座標系で( 計量テンソルとヤコビアン 参照),例えば二階のテンソル A の成分の添字は計量テンソル g_{ij} を用いて次のように変換できます.

A_{ik}=g_{il}g_{km}A^{lm}=g_{kl}A_{i}^{.l}=g_{il}A_{.k}^{l}    \tag{3-1}
A^{ik}=g^{il}g^{km}A_{lm}=g^{il}A_{l}^{.k}=g^{kl}A_{.l}^{i}    \tag{3-2}
A_{i}^{.k}=g_{il}A^{lk}=g^{kl}A_{il}   \tag{3-3}
A_{.k}^{i}=g^{il}A_{lk}=g_{kl}A^{il}   \tag{3-4}

いろいろな変換があるものですね.右辺を眺めて,添字が上下に分かれたものを消していくと左辺になることを確認してください.ここに出てきた計量テンソルは,基底を使って次のように定義されました.( 計量テンソル 参照.)

g_{ij}=\bm{e_{i}}\cdot \bm{e_{j}}

これと,基底ベクトルが \bm{e'_{i}}={\alpha}_{i'}^{j}\bm{e_{j}} のように変換されることを用いると次式がなりたちます.

g'_{ij}  &= \bm{e'_{i}} \cdot \bm{e'_{j}} \\&= {\alpha}_{i'}^{k}\bm{e_{k}}\cdot {\alpha}_{j'}^{l}\bm{e_{l}} \\& = {\alpha}_{i'}^{k} {\alpha}_{j'}^{l}(\bm{e_{k}} \cdot \bm{e_{l}}) \\& =  {\alpha}_{i'}^{k} {\alpha}_{j'}^{l}g_{kl}    \tag{4-1}

同様に反変成分や共変成分は次式の変換則に従います.

g'^{ij}   =  {\alpha}_{k}^{i'} {\alpha}_{l}^{j'}g^{kl} \tag{4-2}
{g'}_{i}^{.j}   =  {\alpha}_{i'}^{k} {\alpha}_{l}^{j'}g_{k}^{.l}       \tag{4-3}

最初から計量テンソルという名前で呼んでいるので,計量テンソルがテンソルであることは説明しなくても良いと思いますが,式 (4) を改めて眺めてみれば,確かに計量テンソルは二階のテンソルの満たすべき変換則を満たしていることが分かります.しかも,共変,反変,混合の三種類があることも確認できます.

計量テンソルの混合成分は定義より g_{i}^{.j}=\bm{e_{i}}\cdot \bm{e^{j}} ですが,双対基底の性質より \bm{e_{i}}\cdot \bm{e^{j}} = \delta_{i}^{j} ですから, 常にクロネッカーのデルタに等しくなります.

{g'}_{i}^{.j}   =  \bm{e_{i}}\cdot \bm{e^{j}} = \delta_{i}^{j}
[‡]ベクトル代数の章から,添字が上下に分かれたベクトルの計算をずっと見ていますから,添字の扱いにはだいぶ慣れてきたと思いま.しかし,いよいよテンソルがたくさん出て来るようになり,上下に分かれた添字をバシバシと消すようになってきたので,添字システムの巧妙さを実感できるのではないでしょうか.