初級編では,真性半導体,P形,N形半導体について,シリコンを例に説明してきました.中級編では,これらのバンド構造について説明します.
この記事を読む前に, 導体・絶縁体・半導体 を一読されることをお勧めします.
真性半導体のバンド構造は, 導体・絶縁体・半導体 で見たとおり,下の図のようなバンド構造です.
絶対零度(0 K)では,価電子帯や伝導帯にキャリアは全く存在せず,電界をかけても電流は流れません.
しかし,ある有限の温度(例えば300 K)では,熱からエネルギーを得た電子が価電子帯から伝導帯へ飛び移り,電子正孔対ができます. このため,温度上昇とともに電子や正孔が増え,抵抗率が低くなります.
14族であるシリコン(Si)に15族のリン(P)やヒ素(As)を不純物として添加し,Si原子に置き換わったとします. このとき,15族の元素の周りには,結合に寄与しない価電子が1つ存在します.この電子は,共有結合に関与しないため,比較的小さな熱エネルギーを得て容易に自由電子となります. 一方,電子を1つ失った15族の原子は正にイオン化します.自由電子と違い,イオン化した原子は動くことが出来ません.この不純物原子のことを ドナー [*] といいます.
[*] | ちょっと横道にそれますが,「ドナー」と聞くと「臓器提供者」を思い浮かべる方もおられるでしょう.どちらの場合も英語で書くと「donor」,つまり「提供する人/提供する物」という意味の単語になります.半導体の場合は「電子を提供する」,医学用語の場合は「臓器を提供する」という意味で「ドナー」という言葉を使っているのですね. |
このバンド構造を示すと,下の図のように,伝導帯からエネルギー だけ低いところにドナーが準位を作っていると考えられます.
ドナー準位の電子は周囲からドナー準位の深さ を熱エネルギーとして得ることにより,伝導帯に励起され,自由電子となります. ドナーは不純物として半導体中に含まれているため,まばらに分布していることを示すために,通常図中のように破線で描きます.
多くの場合,ドナーとして添加される不純物の は比較的小さいため,室温付近の温度領域では,ドナー準位の電子は熱エネルギーを得て伝導帯へ励起され,ほとんどのドナーがイオン化していると考えて問題はありません. また,真性半導体の場合と同様,電子が熱エネルギーを得て価電子帯から伝導帯へ励起され,電子正孔対ができます. このため,N形半導体にも,自由電子の数よりは何桁も少ないですが,正孔が存在します.
N形半導体中で,自由電子のことを 多数キャリア と呼び,正孔のことを 少数キャリア と呼びます.
Important
半導体デバイスでは,多数キャリアだけでなく,少数キャリアも非常に重要な役割を果たします.数は多数キャリアに比べてとっても少ないですが,少数キャリアも存在することを忘れないでください.
14族のSiに13族のホウ素y(B)やアルミニウム(Al)を不純物として添加し,Si原子に置き換わったとします. このとき,13族の元素の周りには,共有結合を形成する原子が1つ不足し,他から電子を奪いやすい状態となります. この電子が1つ不足した状態は正孔として振る舞い,他から電子を奪った13族の原子は負イオンとなります. このような13族原子を アクセプタ [†] と呼び,イオン化アクセプタも動くことは出来ません.
[†] | アクセプタは,ドナーの場合とは逆に,「電子を受け取る(accept)」ので,アクセプタ「acceptor」と呼ぶんですね.因みに,臓器移植を受ける人のことは「acceptor」とは言わず,「donee」と言います. |
このバンド構造を示すと,下の図のように,価電子帯からエネルギー だけ高いところにアクセプタが準位を作っていると考えられます.
価電子帯の電子は周囲からアクセプタ準位の深さ を熱エネルギーとして得ることにより,電子がアクプタに捕まり,価電子帯に正孔ができます. ドナーの場合と同様,不純物として半導体中にまばらに分布していることを示すために,通常アクセプタも図中のように破線で描きます.
多くの場合,アクセプタとして添加される不純物の は比較的小さいため,室温付近の温度領域では,価電子帯の電子は熱エネルギーを得てアクセプタ準位へ励起され,ほとんどのアクセプタがイオン化していると考えて問題はありません. また,電子が熱エネルギーを得て価電子帯から伝導帯へ励起され,電子正孔対ができるため,P形半導体にも自由電子が存在します.
P形半導体中で,正孔のことを多数キャリアと呼び,自由電子のことを少数キャリアと呼びます.
は比較的小さいと書きましたが,どのくらい小さいのかを,簡単なモデルで求めてみることにします.難しいと思われる方は,計算の部分を飛ばして読んでもらっても大丈夫です.
ドナーやアクセプタの を,ボーアの水素原子モデルを用いて求めることができます.
ボーアの水素原子モデルによるエネルギーの値は,
でしたよね(eVと言う単位は, 電子ボルト を参照してください).しかし,今この式を二箇所だけ改良する必要があります. 一つは,今電子や正孔はシリコン雰囲気中をドナーやアクセプタを中心に回転していると考えているため,シリコンの誘電率を使わなければいけないということ. それから,もう一つは半導体中では電子や正孔の見かけの質量が真空中での電子の静止質量と異なるため,この補正を行わなければならないということです. 因みに,この見かけの質量のことを有効質量といいます.
このことを考慮して,上の式を次のように書き換えます.
この式にシリコンの比誘電率 と,シリコン中での電子の有効質量 を代入し,基底状態である の場合を計算すると, となります. 実際にはシリコン中でP( ),As( ),P( )となり,計算値とおよそ一致していることがわかります.
また,アクセプタの場合は,シリコン中での正孔の有効質量 を用いて同じ計算を行うと, となります. 実測値はというと,B( ),Al( ),Ga( ),In( )となり,こちらもおよそ一致していることがわかります.
程度であることがわかりました.では,これはいったいどのようなことを示すのでしょう?
シリコンの場合,バンドギャップは 程度なので, はこれに比べると と,大変に小さな値であることがわかります.室温のエネルギー は, において, 程度の値です.つまり, は室温のエネルギーと同じ程度の値で,この程度の では,熱エネルギーを得てほとんどすべてのドナー・アクセプタは電子や正孔を放出し,イオン化していることになります.
Important
つまり,ドナーを10000個添加すれば,10000個の自由電子が出来ることになります.このように,ドナーやアクセプタを添加した量だけ,電子や正孔が生成されるため,不純物の種類や量を変えることにより,半導体の性質を自由に変えることが出来るのです.半導体のこのような性質が,工業的には非常に重要なのです.
では,最後にこの記事の内容をまとめておきます.