重心について,少し書こうと思います.重心という概念は直感的に分かりやすく,物理の専門用語というよりは,もはや普通の言葉です.ところが,力学の教科書では,最初に質点の運動ばかり勉強するため,重心が出てくるのが意外と後の方で,いざ計算するとなると曖昧な人が多いようです.この記事の前半では,ごく普通に重心の計算方法を紹介します.
本稿では,まず質点系の重心を求め,次に剛体の重心を求めます.トルクという概念や積分が出てきますが,計算はとても簡単なので,高校生の人でも十分理解できると思います.
重心という概念は直感的にも非常に分かりやすいので,くどくどした説明は必要ないかと思います.何か物体を一点で支えたときに,ちょうど釣り合う点が重心です.これだけ分かっていれば,まずは十分です.
まずは物体がたくさんの質点の集まりである場合を考えてみます.それぞれの質点同士の距離は変わらないとします.次の図の左側のような状態です.丸で示してあるものは質点ですから,本当は大きさはないことに注意して下さい.
質点には重力のみがかかっているとします.もしこの物体を原点で支えるとしたら,どんな力がかかるのかを想像してみてください.(自分が原点に立って,この質点系を支えている状態を想像してみてください.)
左の図の原点で,この物体を支えている人が感じている力およびトルクと,同じ大きさの力とトルクを,ばらばらの質点ではなく,一個の質点で代わりに発生させることが出来ます.その様子を示したのが上右の図です.あくまでも,上右の図は"上左の図にたくさんある質点を,もしも一個の質点で代表させたら..."という仮想的なものだということを忘れないで下さい.このとき,上右の図にある仮想的な質点の位置を重心と呼ぶのです.
[*] | トルクというのは,物体を回そうとする作用のことです.日常生活の言葉で言えば「何かをねじろうとする力」と言うのが近いかと思われます.例えば,腕を誰かにねじられたら痛いですね.それがトルクです.トルクのイメージが湧きましたか?しかし,物理学で「力」と言うと,何かを「まっすぐ押す力」のことだけを意味します.そして,トルクは「力×距離」で定義される量です.物理学の言葉を正確に使うならば,トルクを力と呼んではいけません.結局,回そうとする作用,というような説明の仕方しかないようです.日本語の不自由なところです(+_+). |
これから行う計算は二つです.
まず,上左の図で原点で感じる重力と,上右の図で原点で感じる力が同じ大きさだと言うのですから,次の関係が成り立つはずです. は重力加速度です.
両辺で が共通ですので,割ってしまうと,次の形に帰着します.
これで,仮想的な質点の質量 がわかりました.
次に,トルクの釣り合いを考えてみましょう.物体の座標を のようにベクトルで表すと,次の式がなりたつはずです.
ここで は各項共通なので割ってしまいます.
このようにして,上右図の質点の 座標 が求まりました.さて, 座標 はどのようにしたら求められるでしょうか.次の図のように,質点系全体をグルリと90度右に倒せば,今度は重力がx方向に働きますので, が求められるはずですね.
さきほどと同じようにトルクの釣り合いを考えれば,次の式が得られます.
式(2)と式(3)をまとめてベクトル表記すれば,次のように書けます.
これで,上右の図の質点の座標も分かってしまいました.この仮想的な質点の位置 のことを物体の「重心」と呼びます.もう一度強調しておきますが,個々の質点に作用していた"力"と"トルク"を,一個の質点で代表させた,仮想的な様子を描いたのが右上の図です. [†]
[†] | 太極拳や形意拳など,"気"の力を重視するような拳法をやっている人は,重心を感じるのが非常に重要だといいます.確かに,人間が飛んだり跳ねたりするとき(重力以外の力はかかっていないとして),上の説明でいけば,全体重が体の重心一点に集中したのと同じ運動になるはずですので,自分の体がどこを中心に運動しているのかを知るのは大事なことですし,よく注意していれば重心を"感じる"ことも出来そうです.しかし,お腹を解剖して虫めがねで丹念に調べてみても,重心という点はどこにも見つかりません.重心というのは何か構造的な点なのではなくて,物体全体に力とトルクが作用している時にはじめて意味を持つ点なのだということをはっきり理解して下さい.(解剖を基本に発達した西洋医学では,体の重心という概念がほとんど無いのに対し,体調を整えることを基本にした漢方では重心(丹田)という概念が重要だというのも面白い対比です.) |
例として,6個質点がある場合を考えていましたが,質点の数が 個ある場合には,(1)式と(4)式を次のように一般化できます.これが質点系の重心を求める式です.
物体が質点の集合ではなく,大きな塊である場合も基本的な考え方は同じです.物体の密度は一様で,変形しない剛体だと考えます.また,系に作用している重力は一定だとします.剛体は無限個の質点の集まりだと考えることが出来るので,式(5)(6)で を無限だとすると次のような積分の形で表されることになります. は剛体の密度, という記号は微小体積要素の意味で,剛体の体積 全体に渡って積分をするという意味です.
一つだけ例題を解いてみます.底面の半径 ,高さ の円錐の重心の位置を求めてみましょう.簡単のために円錐の頂点は底面の中心の垂線(図の 軸)上にあるとしましょう.
重心が 軸上にあることは対称性から明らかなので, 軸方向の重心位置だけを式(7)(8)を使って求めることにします.質量 が次のようになるのは良いでしょうか.円錐の体積の公式を使いました.
微小体積要素としては薄い円盤状の ( でも良い)を考えます(下左図).また,三角形の相似の関係より が成り立ちますので, が言えます(下右図).これを使えば,さらに微小体積要素は と書けます.
重心位置を求める計算は次のようになります.
円錐の重心は,底面の中心から測って,ちょうど高さの四分の一の場所にあることがわかりました.
重心の位置を正確に求める必要がある実際の例として,オートジャイロ(ジャイロプレーン,ジャイロコプターなどとも呼ぶ)の重心位置を測定するという問題があります.興味のある方は,是非 オートジャイロの重心を求める に進んでみてください.