位相空間(言葉の定義)

物理をやっている人と,数学をやっている人では言葉の使い方が違う場合があります.位相空間という言葉はとくに混乱の元になるものです.この記事は,この用語の違いを説明するためだけのものです.

数学における位相空間

数学における位相空間というのは,分かりやすく言うと,みなさんが知っている普通の図形から,長さを取り去ってしまった場合に残る幾何学的性質のある空間のことです.

なんのこっちゃという感じですね.

例えば,次のような穴の一つあいた図形を考えます.いま,長さの概念を取り去ってしまってありますので,縦横に曲げたり引っ張ったりしてもいいのです.すごいゴムで出来ている図形だと思ってください.

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ところが,どんなに工夫して引っ張ってみても,穴の数は変わりません.(ねじったり,むすんだり,グルグル巻いてみたりしてもいいです.穴の数は変わりません!)

穴の数だけを知りたい場合には,こういうぐにゃぐにゃの図形を考えた方がいいわけですね.このような,ぐにゃぐにゃ図形を扱うことが出来る土俵を,位相構造と言い,数学では,位相構造がある空間を位相空間と呼びます.(位相空間に距離の概念を導入すると,距離空間といって,普通の図形の空間になります.)

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通の人は,位相構造のある空間を考えるときに「位相を入れる」なんて言ったりします.こういう世界に興味がある人は,『位相幾何学』というような題名の本を読んでみるといいでしょう.

物理における位相空間

次に,物理に出てくる位相空間とは,どういうものかを説明します.もともと力学から出発した考えかたですが,質点の運動を記述するには位置 (x,y,z) と3成分,速度 (u,v,w) の3成分の計6成分が必要です.これを二つの3次元ベクトルとして計算する代わりに, (x,y,z,u,v,w) という6次元ベクトルを一つ考える方が簡単です.というのは,質点の運動が,この6次元空間上に,一本の曲線の軌跡として表現できてしまうからです.これが物理における位相空間です.

時間発展する運動を記述するために,さらに高次元に拡張した位相空間を考える場合もありますが,考え方は同じです. [*] n個の変数によって決まる運動の軌跡を,n次元空間上の曲線に対応させる,ということです.

[*]量子力学の枠組みでは,位置と運動量を同時には決められないということでしたので,位相空間の考え方はそのまま使えません.運動は,位相空間上の一点に対応するのではなくて,波動関数という確率分布を表す関数に対応することになります.話が脱線しました.

まとめ

数学で位相空間というのは,位相構造のある空間のことで,ぐにゃぐにゃ図形の幾何学を扱うための空間です.

物理で位相空間というのは,運動の状態を一点で対応させることが出来るように考えた高次元空間のことです.

物理の位相空間のことを,数学者は『相空間』と呼び,数学の位相空間と区別しています.

数学の位相空間を,物理学者が使うことはあまりないので,物理学者サイドからの呼び方はありません.(ToT)/~ (あえて区別するために,『トポロジースペース』と呼んだりもするようです.数学寄りの立場で物理をやっている人は,普段から位相空間と相空間を区別して使っています.この辺の事情は色々です.とにかく,みなさんは混乱しないようにして下さい.)