スカラー場と勾配

スカラー場 \phi (\bm{r}) を考えます.

\phi (\bm{r}) = \phi (x_{1},x_{2},x_{3})       \tag{1}

スカラー場とは,空間の各点 (x_{1},x_{2},x_{3}) でスカラーが一つ決まるような関数を言います.ある点では \phi = \alpha ,別の点では \phi = \beta という具合です.しかし \phi (\bm{r}) の取る値を全部調べてグラフにすると (x_{1},x_{2},x_{3},\phi (x_{1},x_{2},x_{3})) という四次元のグラフになってしまい,絵に描けないので,何だか何だかよく分かりません.

そこで,代わりにあるスカラー値,例えば C_{1} を考え, \phi (\bm{r})=C_{1} を満たす (x_{1},x_{2},x_{3}) を全てグラフに描いてみることにします.これは何らかの三次元曲面を表わす式となり,グラフも目で見て分かります.その代わり,全体の様子を知ろうと思えば,様々なスカラー値に対して,たくさん曲面を描かなければなりません.

Joh-ScalarField.gif

これらの面を スカラー場の等位面 と呼びます.(物理学の文脈では,スカラー場はしばしばポテンシャルと呼ばれ,このような面は 等ポテンシャル面 と呼ばれます.)上図は等位面の様子を示してみたものです. \phi (\bm{r}) が連続関数ならば, C の値を少しずつずらしてやって,様々な等位面をタマネギの皮が重なるような感じに書けます.詳しい地図には等高線という線が引いてありますが,等位面とは,等高線の三次元版だと思えば良いでしょう. C を一定間隔で変化させて様々な等位面を重ねて描く時, 等位面の密度が濃い(隣の等位面との距離が近い)部分は \phi の変化が激しく,逆に等位面の密度が薄い(隣の等位面との距離が遠い)部分は \phi の変化が緩やかな部分だと考えることができます.これは,等高線の密度が濃い部分は山の勾配がきつく,密度が薄い部分の勾配が緩いのと同じ理屈ですね.

[*]ただし,地図で『勾配が急だ』『勾配が緩い』などというのは,"高さの勾配"の話をしています.これは,『高さ』が位置の関数になっていると考えられます.一般に式 (1) のように書いた関数 \phi は,高さに限らず,重力,電場,磁場など色々な場を表わす場合があります.電場や磁場など目に見えない世界になると急にイメージが湧かなくなる人がいますが,基本は上の図と,地図の等高線のイメージです.
[†]新田次郎氏の小説『孤高の人』に,主人公・加藤文太郎が,会社の先輩に『地図遊び』という遊びを教わるシーンがあります.地図の等高線をじっくりながめ,地形の起伏が目に浮かび,山が川がどこをどう流れているか,光が当たると影がどう伸びるかという立体的な様子を,山登りに行く前にイメージするという遊びなんですが,かなり高度な立体図形の把握能力が求められそうです.読者のみなさんも,等位面を使って『地図遊び』をしてみて下さい.電場や磁場をいきいきと想像できる人になりたいものです.

等位面が交差することはありません.というのは,最初に『 \phi に対し空間の各点 (x_{1},x_{2},x_{3}) でスカラーが 一つ決まる 』と仮定しているからです.

スカラー場の勾配

私達は,スカラー場 \phi (\bm{r}) の値に応じて決まる曲面(等位面)を考え,等位面の粗密によってスカラー場の変化の具合を考えました.面の粗密に応じて変化の具合が分かるというのは,ちょうど地図の等高線と同じアイデアでした.そこで,次の興味が湧いてくるのは,実際に関数 \phi (\bm{r}) の変化具合を計算してみることです.

もしも \phi が一変数の関数,例えば \phi (t) ならば,任意の点(例えば t=t_{0} )における勾配は, \phi の微係数を計算して \frac{d\phi}{dt} \Big| _{t=t_{0}} として調べられるでしょう.いま,私達が考えなければならないのは, \phi\phi (\bm{r})=\phi (x_{1},x_{2},x_{3}) という三変数の関数であることです.とりあえず,三種類の偏導関数を考えてみましょう.

\frac{\partial \phi}{\partial x_{1}}, \ \ \ \frac{\partial \phi}{\partial x_{2}}, \ \ \ \frac{\partial \phi}{\partial x_{3}}

これら三種類の偏導関数の組は 共変ベクトルと反変ベクトル の記事の最後の例で示したように,ベクトルになります.

\left( \frac{\partial \phi}{\partial x_{1}}, \ \frac{\partial \phi}{\partial x_{2}}, \  \frac{\partial \phi}{\partial x_{3}} \right)

このベクトルを 勾配ベクトル と呼び,次のように {\rm grad} を用いて表わします.(英語で勾配のことを gradient と言います.)

{\rm grad} \phi &= \left( \frac{\partial \phi}{\partial x_{1}}, \ \frac{\partial \phi}{\partial x_{3}}, \  \frac{\partial \phi}{\partial x_{3}} \right) \\&=  \frac{\partial \phi}{\partial x_{1}}\bm{e_{1}}+ \frac{\partial \phi}{\partial x_{3}}\bm{e_{2}}+ \frac{\partial \phi}{\partial x_{3}}\bm{e_{3}}

もしくは,微分演算子を組み合わせたベクトルを \nabla =\left( \frac{\partial }{\partial x_{1}}, \ \frac{\partial }{\partial x_{2}}, \  \frac{\partial }{\partial x_{3}} \right) と置き,次のように書いても同じことです.この記号 \nablaナブラ もしくは ハミルトンの演算子 と呼びます.(ナブラを, \phi のようなスカラーに作用させる時 {\rm grad} と書くのです.ベクトルに作用させるときは {\rm div} と書きます. {\rm div} はまた後で勉強します.一長一短あるのですが,今後, {\rm grad} と書くより,記号 \nabla を使う方が多いと思います.)

[‡]ナブラはベクトルですから,ベクトルの性質を持ち,ベクトルで成り立った定理を使うことができます.そういう意味で,ナブラだって疑いなく一種のベクトルです.ただし,ナブラの演算で注意しなければならないのは,ナブラの右側から何かを掛けると,微分されてしまうという性質です.ナブラに左から何か掛けてもそれは単なる積です.こうした『微分演算子』という役割を持つため,ナブラを掛け算するときには注意が必要です.たとえば内積も可換ではなくなります.順々に \nabla を使った計算を見ていくので馴れていくとは思いますが,このことを念頭に置いておいて下さい. よくある間違い を参考にしてください.