gradの積分形による定義

はじめに, \bm{A}=\bm{c}\phi(x_{1},x_{2},x_{3}) という形のベクトル場を考えてみます.ここで \bm{c} は任意の定ベクトル, \phi は適当な C^{1} 級のスカラー関数であるとします.このベクトル場に対して,ガウスの発散定理を使ってみましょう.

\int \int \int \limits _{V} \nabla \cdot \bm{A} dV = \int \int \limits _{S} \bm{A} \cdot d\bm{S}\ \ \ \Longrightarrow \ \ \ \int \int \int \limits _{V} \bm{c} \cdot \nabla \phi dV = \int \int \limits _{S}  \phi \bm{c}  \cdot \bm{n}dS   \tag{1}

ただし,式中, S はある閉曲面, VS によって囲まれる領域とし, S には外向きを正とする向きが与えられており,その単位法線ベクトルを \bm{n} としています.( S は向きを定義できる曲面だとしています.) d\bm{S} = \bm{n}dS として,式 (1) を次のように変形します.

\bm{c} \cdot \left( \int \int \int \limits _{V} \nabla \phi dV - \int \int \limits _{S} \phi d\bm{S}\right) = 0        \tag{2}

(2)\bm{c} は任意のベクトルなので, \bm{c} に関わらず,式 (2) が成り立つためには,括弧部分 =0 となることが要請されます.

\int \int \int \limits _{V} \nabla \phi dV = \int \int \limits _{S} \phi d\bm{S}      \tag{3}

ここで,左辺の中身は \nabla \phi= \left(  \frac{\partial \phi}{\partial x_{1}}, \frac{\partial \phi}{\partial x_{2}}, \frac{\partial \phi}{\partial x_{3}} \right) ですが,例えばこの第一成分の積分だけに注目してみましょう.

\int \int \int \limits _{V}  \frac{\partial \phi}{\partial x_{1}} dV \tag{4}

ここで,式 (4) の積分について中間値の定理を用いると,領域 V 内のどこかに,次式を満たす点 M が存在することが保証されます.(右辺の括弧の下に M とあるのは,『点 M における値』という意味です.)

\int \int \int \limits _{V}  \frac{\partial \phi}{\partial x_{1}} dV = V \left(  \frac{\partial \phi}{\partial x_{1}} \right) _{M}  \tag{5}
[*]中間値の定理に馴れていない人のために補足説明しておきます.領域 V 内の各点で \frac{\partial \phi}{\partial x_{1}} は色々な値を取ります.大きい値や小さい値など色々ですが,その平均値の大きさは,必ず最大値と最小値の間に来ることでしょう.ですから, \frac{\partial \phi}{\partial x_{1}} の変化が連続ならば,色々な \frac{\partial \phi}{\partial x_{1}} の値の平均値を与えるような点が,必ず V の中のどこかに存在するはずだと考えられます.体積分とは,一般に場所によって値の異なる関数 f(x_{1},x_{2},x_{3}) に対し, f(x_{1},x_{2},x_{3})dV の形を全体で足し合わせた量ですが,これは『 f(x_{1},x_{2},x_{3}) の平均値 \times \ V 』に等しくなるはずです.(それが平均値の定義だからです.)式 (5) の変形は,そんな意味です.

(5) を 式 (3) の左辺に代入すると,第一成分について次式を得ます.

\left(  \frac{\partial \phi}{\partial x_{1}} \right) _{M} =\frac{1}{V} \int \int \limits _{S}   \phi (\bm{e_{x_{1}}} \cdot d\bm{S}) \tag{6}

次に, V 内の任意の一点 P を考えます.一般に PM は異なる点ですが, VP に向けて縮めていくと,それにつられて MP に近づいてくるはずです.(というのは,領域 V において \frac{\partial \phi}{\partial x_{1}} は連続だと仮定しているからです.)

Joh-GradByIntegral01.gif

領域を一点 P に狭めていけば,平均値を与える点 MP に近づいていく.

そこで, V 内の任意の一点 P に対して,次式が成り立ちます.

\left(  \frac{\partial \phi}{\partial x_{1}} \right) _{P} =  \lim \limits _{V \rightarrow \infty} \frac{1}{V} \int \int \limits _{S}   \phi (\bm{e_{x_{1}}} \cdot d\bm{S}) \tag{7-1}

同様にして, x_{2},x_{3} 成分についても次式が成り立ちます.

\left(  \frac{\partial \phi}{\partial x_{2}} \right) _{P} =  \lim \limits _{V \rightarrow \infty} \frac{1}{V} \int \int \limits _{S}   \phi (\bm{e_{x_{2}}} \cdot d\bm{S}) \tag{7-2}
\left(  \frac{\partial \phi}{\partial x_{3}} \right) _{P} =  \lim \limits _{V \rightarrow \infty} \frac{1}{V} \int \int \limits _{S}   \phi (\bm{e_{x_{3}}} \cdot d\bm{S}) \tag{7-3}

(7-1)(7-2)(7-3) を足すことで,次式を得ます.これが,積分形による勾配( {\rm grad} )の表現です.領域 V 内の点ならば,どこでもこの形で勾配を表現できますので,わざわざ P と書くのはやめます.

{\rm grad}\phi = \nabla \phi =  \lim \limits _{V \rightarrow \infty} \frac{1}{V} \int \int \limits _{S}   \phi d\bm{S} \tag{8}

右辺の極値が本当に存在するかどうかについて,細かな議論をしませんでしたが,領域が単連結で, {\rm grad}\phi が連続であるならば右辺は収束すると考えて良いでしょう.( 単連結 でなければ,任意の点に領域全体を収束させることは出来ません.)この形をじっと見ていると,右辺が一切座標系の取り方と関係ない形になっていることに気づきます.つまり, {\rm grad}\phi は座標系の取り方に寄らない表現だということです.

Important

勾配 {\rm grad}\phi は,座標系の取り方によらない.

これは非常に素敵な性質です♪ もし,何かの関係式(例えば物理法則)が \nabla \phi = aa はスカラー関数)のような形で表現されるとすれば,この式はどんな座標系でも成り立ってしまうということです.

[†]ただし,式自体はどの座標系でも成り立ちますが,それは定式化を座標系と無関係に行ったという意味であって,実際に \nabla を微分演算子とみて,各成分毎に微分しようと思えば,やはり何か座標系を決めなければなりません. \nabla という形は,いわば『お好きな座標系をお選び下さい』と言っているようなもので,ひとたび座標系を決めれば,その表現が座標変換に対して不変になっているという意味ではありません.( ベクトルの関数積分定理のまとめと展望 にも類似した註を書いたので,参考にして下さい.)

電磁気学や流体力学には \nabla を使って表現した物理法則がたくさん出てきますが,このように書いておけば,どんな座標系にも適用できる普遍的な表現になる,というのがセールスポイントです.