ガウスの発散定理

ベクトルの面積分に関して, ガウスの発散定理 と呼ばれる重要な定理があります.

theorem

【ガウスの発散定理】
\int \limits _{V} {\rm div}\bm{A} dV = \int \limits _{S} \bm{A} \cdot d\bm{S}

式の変数や積分領域に説明が必要でしょう.左辺は体積分になっていて, V というのがその積分領域です.右辺は面積分になっていて,左辺の積分領域を与える図形の,表面積だけを意味するものです.『発散の体積分が,面積分になってしまう』とは,一体どういうことなのでしょうか?この定理の意味は,物理的・直観的に,よく理解できるものなので,定理を忘れないためにも,まずは簡単に,直観的に考えてみたいと思います.

[*]この定理を,ガウスの定理,ガウスの積分定理などと呼ぶ人もいますが,ガウス \text{(Johann Carl Friedrich Gauss (1777-1855))} は,あらゆる数学の分野を研究しており,未だに刊行されていない著作集は 50000 ページを越えるだろうと言われる数学史上最大の超人です.ガウスの定理と言われる定理は無数にあるので,なるべく正確に『ガウスの○○の定理』というように,定理の内容が伝わる名前を使った方が良いと思います.この記事も,そのような理由でガウスの発散定理としました.
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ベクトル場 \bm{A} は何かの流れだと考えてください.簡単のため,水の流れだとします.ベクトルの発散は,湧き出しや吸い込みを意味するのでした( div 参照)ので,定理の左辺の意味は『領域 V 内全体で,新たに増えたり減ったりする流れの総量』を表わすと考えられます.いま,水の圧縮性を考えていませんので,もし,湧き出しや吸い込みが全くなければ,領域 V に流入する水量と流出する水量は同じになるはずです.もし湧き出しがあれば,流出する水量の方が多くなり,吸い込みがあれば流入する水量が多くなるはずです.(温泉の湧き出し口か何かをイメージして下さい.)領域 V 全体での,水量の増減がガウスの発散定理の左辺で意味されているわけです.

一方,右辺の中の \bm{A}\cdot d\bm{S} は『この領域 V の表面 S における, \bm{A} の法線方向成分』だと考えられますので,定理の右辺は『領域の表面 S 全域に渡る, S を通過する流れの総量』を表わすものと考えられます.つまり,定理の意味を日本語で再び書くと次のようになります.

Important

(領域全体での増減)= (領域表面で出たり入ったりした量の差)

もう一度,最初の式とこの文章を比べて,式の意味をきちんと納得できるまで考えてみて下さい.良い例ではないかも知れませんが,卑近な例としては刑務所を例にとることが出来ます.刑務所に収容されている犯罪者数の増減は,『(新たに入所してくる人数) - (出所していく人数)』で表わすことが出来ます.そして,内部の様子はなかなか調べられませんが,調べたいのが増減だけならば,出入り口だけ調べていれば分かるわけです.ガウスの定理の真髄は,領域内部の 体積分を実行するのが大変場合でも,知りたいのが変化率だけならば,表面の出入りだけを調べることで済ませられる 点にあります.

次に,ベクトル場を \bm{V}(x_{1},x_{2},x_{3})=(P(x_{1},x_{2},x_{3}),Q(x_{1},x_{2},x_{3}),R(x_{1},x_{2},x_{3})) と置いて,ガウスの発散定理の証明を考えます.積分領域 V を囲む閉曲面 S は,表と裏を区別できる曲面だとし,外向きの法線ベクトルを \bm{n} とします.また,次元が分かりやすいように体積分は \int \int \int ,面積分は \int \int のように,積分記号を重ねて書くようにします.

\int \int  \limits _{V} \int \left( \frac{\partial P}{\partial x_{1}} +\frac{\partial Q}{\partial x_{2}} +\frac{\partial R}{\partial x_{3}} \right) dV &= \int \int  \limits _{S}(P,Q,R)\cdot d\bm{S} \\&= \int \int  \limits _{S}(P\cos (\bm{n} ,x_{1}) + Q\cos (\bm{n} ,x_{2}) + R\cos (\bm{n} ,x_{3} )  )dS

proof

まず, x_{1} 軸から考えます. x_{1} 軸に平行な直線は何本でも引けますが,こうした直線のうち,閉曲面 S と三点以上で交わるものは無いとします.(つまり, x_{1} 軸と平行で S と交わるような直線は,必ず一点(接する)か二点(交接する)で交わるという仮定です.)これら交点のうち,原点に近い側を M_{1} ,もう一方を M_{2} とします(図1を参照).このとき, Vx_{2}x_{3} 平面への射影を S_{23} とすると,体積分の x_{1} 軸方向成分は, \int \int \int  \limits _{V} \frac{\partial P}{\partial x_{1}}dV= \int \int \limits _{S_{23}} \left(  \int \frac{\partial P}{\partial x_{1}}dx_{1} \right) dS_{23} = \int \int \limits _{S_{23}} [P(M_{2})-P(M_{1})] dS_{23} と表わせます.( 面積分と体積分 で考えた形です.)ここで,面積素 dS_{23} は,点 M_{2} における曲面 S の面積素 dS(M_{2}) の射影として表現できます. dS_{23}=dS(M_{2}) \cos (\bm{n}(M_{2}), x_{1}) .(点 M_{1} における面積素 dS(M_{1}) の射影も同様ですが,点 M_{1} では法線ベクトルの向きが x_{1} 軸の向きと逆になるため, dS_{23}=-dS(M_{1}) \cos (\bm{n}(M_{1}), x_{1}) のようにマイナスがつくことに注意して下さい.)これより \int \int  \limits _{V} \int  \frac{\partial P}{\partial x_{1}} dV = \int \int \limits _{S} P \cos (\bm{n},x_{1})dS が言えます. 全く同様に \int \int  \limits _{V} \int  \frac{\partial Q}{\partial x_{2}} dV = \int \int \limits _{S} Q \cos (\bm{n},x_{2})dS\int \int  \limits _{V} \int  \frac{\partial R}{\partial x_{3}} dV = \int \int \limits _{S} R \cos (\bm{n},x_{3})dS も言えるので,これらの式の辺々を足して定理が示されます.■

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図1

結局,証明では,各成分毎に \int \int  \limits _{V} \int  \frac{\partial P}{\partial x_{1}} dV = \int \int \limits _{S} P \cos (\bm{n},x_{1})dS のような形を考え,最後に三つ足すだけになっています.これら個別の関係式は 面積分と体積分 で考えたものです.しかし,各成分毎に成り立っている式を,単に辺々足し合わせているだけならば『なぜ成分毎の公式にしないのか?必要な時に足し合わせればいいんだから,その方が細かく使えていいじゃないか.』と思う人がいるかも知れません.ガウスの発散定理が各成分の式を足した形になっているのは,この形が 座標系によらない からです.つまり,もし x=x(u,v,w),y=y(u,v,w),z=(u,v,w) と表わせるとして,変数を (x,y,z) から (u,v,w) に変換したとしても,ガウスの発散定理はやはり成り立つのです.これは非常に美しい結果ですし,座標成分という勝手に取った標構の向こうに,何か不動の本質的な物が見え隠れしているように思えてきます.ガウスの発散定理の座標不変性については 微分形式 で詳しく考える予定です.当面はとりあえず,座標不変というキーワードだけを覚えておいて下さい.

[†]証明の中で, x_{1} 軸に平行な直線は曲面 S と二箇所以上では交わらないと仮定しました.これは,位相的に言えば,領域 V の中に描いた輪を縮めていくとき,輪をどこに取っても一点にまで縮められるということです.ただし,この条件は外すことも出来ます.領域 V の中に,空洞(大根の鬆を想像してください)が幾つかあっても, V を幾つかの小領域に分割し,それぞれに対してガウスの発散定理を適用することで,全体としてもガウスの発散定理が成り立つことが示せます.隣同士で接している小領域では,接している面での面積分が相殺するからです.
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図2

[‡]ここまでは,暗黙のうちに曲面 S は十分滑らかだとしていましたが,区分的に滑らかとしても定理は成り立ちます.区分的に滑らかと言うのは,幾つか尖がった点があっても良いということです.三角柱や円筒など,普通の形の領域には,たいていガウスの発散定理が安心して使えます.