標準反応エンタルピーと標準エントロピー及び標準反応ギブズエネルギー

私が大学の教養課程において,これが分からず化学系に行くのを断念しました [*] . 同じ轍を踏む人がいないようにこの記事を書きます. これは,熱化学表の見方を勉強しようというものです.

[*]そう,ある意味,だから僕は物理系なのよ.

エンタルピー

エンタルピー H とは,次のような量です.

H=U+pV \tag{1}

ただし U は系の内部エネルギー, p は圧力, V は体積です. ここで熱力学第一法則を微分形で書くと,

dU=TdS-pdV \tag{2}

よって,エンタルピーの微分形は,

dH &= TdS -pdV + d(pV) \\&= TdS - pdV + pdV +Vdp \\&= TdS + Vdp \tag{3}

エンタルピーは定圧変化において威力を発揮します. 化学反応が起きて,気体が発生したとしましょう. 内部エネルギー変化 dUdV を含むので気体の体積変化を考慮しなければなりません.

しかし,エンタルピー変化は定圧条件 dp=0 の元では, エントロピーの微分形の定義,

dS = \dfrac{d'q}{T} \tag{4}

つまり [†]

[†]d' は不完全微分を表すのでした.反応の始点と終点が共通でも,この不完全微分の量は反応経路により, 変わってきます.状態量にはなりえないのです.
d'q = TdS \tag{5}

より,

dH = TdS = d'q \tag{6}

となり,状態量 H の変化量 \Delta H で出入りする熱量 \Delta q が表現できるのです.

特に反応の始点と終点が共に標準状態(その物質のある温度における圧力 10^5Pa の下での純粋な形で存在する状態です.) の時に,出入りする熱量を標準反応エンタルピー \Delta H^\circ と言います.これは, 高校までの化学において,反応熱と言う概念がありましたが,それの符号を変えたものが標準反応エンタルピー だと考えて良いと思います.「符号を変える」とは,どういうことかというと,エンタルピーは,メタンなどのようにエネルギーをたくさんもっている物質では高く,二酸化炭素のようにエネルギーをあまりもっていない物質では,低いからです. メタンが酸素と反応(燃焼)して,どれだけエネルギーを減らしたかが反応エンタルピー( \Delta H <0 )なのです. この時,反応熱 \Delta E は,どれだけ熱を放出したかでしたので, \Delta E > 0 ですね. この様に,反応熱と反応エンタルピーの符号が反対なのは,よろしいでしょうか? ちなみにエンタルピーの計算では,反応にかかわる一つの物質 X に注目し,それが一モル反応または生成する時のエンタルピーを 用い,標準モルエンタルピー \Delta H^\circ(X) と呼びます.そして, pV は気体などの生成に際し,圧力をもって外に仕事をする,その仕事まで考えていると言っていいでしょう.

エントロピーとギブズの自由エネルギー

孤立系において,エントロピーは上昇する方向に反応は進行するというのが,熱力学第二法則の言わんとすることでした. ここで,定圧等温過程を考えます.そして,系 A が熱浴 B の中に入っている時を考えます.

エネルギーの保存則から,全体のエンタルピー変化 \Delta H_{total} はありませんから,

\Delta H_{total}^\circ = \Delta H_A^\circ + \Delta H_B^\circ = 0 \tag{7}

となります. B のエントロピー変化は,等温過程なので, T 一定より,簡単に計算できて,

\Delta S_B^\circ = \dfrac{\Delta H_B^\circ}{T} = -\dfrac{\Delta H_A^\circ}{T} \tag{8}

注意して欲しいのは,

\Delta S_A^\circ = \Delta S_{ARe} + \Delta S_{AHe}^\circ \neq \dfrac{\Delta H_A^\circ}{T}
\Delta S_{AHe}^\circ = \dfrac{\Delta H_A^\circ}{T}

であります.ここで, Re はReactionで反応の, He はHeatで,仕事と熱のやり取りのエントロピー変化を 表します.化学反応や混合,相変化などにより,熱のやり取り以上にエントロピーが生成する [‡] のです.

[‡]後の議論を見てもらえれば分かるかと思いますが,エンタルピーの減少する反応や相変化ならば,エントロピーが減少するこ ともあります.例えば,気体同士の反応で,容積が減る反応 2\mathrm{H}_2(g)+\mathrm{O}_2(g) \to 2 \mathrm{H}_2 \mathrm{O}( l) 等の反応が挙げられます.熱の移動を含めたエントロピーがトータルで増加する(ギブズエネルギーが減少する)反応が自発的 に起こる反応です.

ここで,第二法則よりエントロピーが増える方向にしか反応が進まないので, \Delta S_{total}=\Delta S_{A}+\Delta S_{B}>0 より,

\Delta S_{total}^\circ &= \Delta S_A^\circ + \Delta S_B^\circ \\&= \Delta S_A^\circ -\dfrac{\Delta H_A^\circ}{T} \\&= - \dfrac{1}{T} (\Delta H_A^\circ - T \Delta S_A^\circ) \\&= - \dfrac{1}{T} (\Delta G_A^\circ) > 0 \tag{9}

最後の行の G とは,ギブズの自由エネルギー(標準反応ギブズエネルギー)であり,

G = H -TS = U + PV -TS  \tag{10}

で定義されます. よって,第二法則より化学反応は,ギブスの自由エネルギーが減少する方向にしか,進まないことが分かりました. 少しこの式の持つ意味を考察してみましょう.低温では, -TS が小さいので反応エンタルピーが反応方向の決定に 大きな影響を及ぼします.逆に高温だと, -TS は負の大きな値をもつので,反応のエントロピー変化が, 大きな影響を及ぼすことになります.

ちなみに,物質のエントロピーの計算は面倒ですが,熱力学第三法則(絶対零度において物質のエントロピーはゼロに等しい.) を利用して計算するようです.

以上で,熱化学表を読むことができるようになるための, 基礎論を終了します.今日は,ここまで.お疲れ様でした.