交換相互作用は, を 用いて, と表せられます. この記事では, の時は, どうなるんだろう?という問いに答えます.
我々は, 任意の方向を向いたスピンのxyz方向固有状態での展開 において, 一電子スピンの任意の方向を向いた状態の記述方法を学びました. それを復習しておきましょう.極座標での 方向を向いたスピンは, その任意方向単位ベクトル
として,また,パウリのスピン行列
として,そして,スピノール
として,次の固有値方程式を満たすものでした.
この固有値方程式は解が二つあり,それぞれ,正の方向と負の方向の解 が出てきます. これらは固有値 を持ち,固有ベクトル(固有スピノール)を書くと,
となります.
ここで,少し話が変わりますが,二電子のスピンと軌道の状態を記述する波動関数を確認しておきます. 隣接する二つの原子を考え,簡単のためそれぞれの電子軌道を とし, それらは局在していて,互いに直交しているとします.そして, にそれぞれ一個ずつ電子が入っているとします. スピン三重項を で表し,一重項を で表すと,
となります.ただし,ここでスピン座標 は前述したパウリ行列とは関係なくて,軌道 にたいする座標 と同じようにスピンに対する離散的な座標であり, は いずれかをとります.すこし紛らわしいですが,この表記が慣例となっているようです.二電子の波動関数は軌道とスピン合わせて全体として反対称ですから,三重項 では,軌道部分が反対称でスピン部分が対称, 一重項 では軌道部分が対称でスピン部分が反対称ですね.ここで,通常の原子の二電子ハミルトニアンは,
となります.ここで, は一番目の電子に作用することを意味します.二番目の電子についても同様です. さて,二電子スピンの三重項と一重項では,運動エネルギーは変わりません.これを示しましょう.例えば,電子1の運動エネルギーは,二電子とも上向き(αスピン)の時,ラプラシアン は電子1のみに働くことを考えれば,
となります. ただし,
を使いました.よって,この式はスピンの依存性が無いことが分かります. しかし,そのスピンは,クーロン相互作用に顕著な違いをもって働きます.実際に,式 〜 に対し,クーロン相互作用の期待値を取ると,三重項 では, として,
となります.ただし,
です. 一重項 で同様の計算を行うと,
となります. だけ,三重項と一重項ではエネルギーが異なります.ここでは 示しませんが, が示せます.参考文献として,下に斯波先生の本を挙げておきます.
そして,この結果を少々技巧的な手法によって,変形します.右に来る関数の二電子を交換する演算子 というものを考えるのです,これにより,
となります.すると,クーロンエネルギー は,一重項か三重項かを問わず, をスピン部分で挟むことにより,
で求まります.おそらく,この交換の演算子 が交換相互作用と呼ばれるゆえんではないかと,(筆者は勝手に)思っています. この辺の事情に詳しい方がいらっしゃったら,どうぞ教えてください.
ここで,交換相互作用と言ったときによく用いられる形について言及しておきます. いきなりですが,スピン射影演算子は次のように右辺のパウリ行列で表されます.
これらに電子 ,電子 を組み合わせて,テンソル積を構成します. それは の行列と同一視され,第一列〜第四列,第一行〜第四行は を表します.
つまり,演算子を とすると,
ということです.さて,具体的に演算子を考えていきましょう!
この規則はつまり,前の (電子1に対するスピン演算子)で 行列を大ざっぱに 行列に分割します.この時,その要素の値がその部分にかかります.そして,後ろの電子2に対する演算子, 等を掛けるのです. とは,二次の単位行列を表したものです.これで,テンソル積の前の演算子は電子1にのみ作用し,後ろの演算子は電子2にのみ作用することになります.電子2についても書いておくと,
そうしたら,次もいいでしょうか.
で定義すると,
長いですが,もう少し頑張ってください.
最後に,スピン射影演算子の内積です.
もしくは,
となります.どちらの式を使っても同じく,
となります.
式 は先ほどの交換演算子を用いて,美しく表すことができます.
交換演算子のスピンに対する行列は,
と書けるので,
つまり,
と書くことができます.これにより,交換相互作用は次の様に書くことができます.
これはよく定数部分を除いて,交換相互作用のハミルトニアン として,
と書かれます.そしてこれは,スピンが三重項の時は, 一重項の時は となります.これは式 を対角化することによって,分かります. (式 では二電子スピンが の順に並んでいるのでした.)
さて,ここでこれから進む方向を確認しておきます. 電子スピン1が方向 を持ち,電子スピン2が方向 を持つ状態を考えます. 少しばかり複雑な計算をして,その状態が, の成分をどれだけ持っているかを調べます.
電子スピン1が方向 を持ち,電子スピン2が方向 を持つ状態はどうあらわされるでしょうか?それは,スピノールのテンソル積を考えればいいのです.正の方向を向いたスピノールだけを考えると,
つまり,
簡単のため,前者を ,後者を とすると, スピノールのテンソル積は,
となります.これが,スピン1が ,スピン2が を向いた時の 状態です.要するに,テンソル積とは演算子1はスピノール1だけに,演算子2はスピノール2だけに作用するということを, 行列(テンソル)で表したものなのです.ちなみにこの式は規格化されています.
他にも, , , の状態があり,それぞれ,次に対応します.
この4つのスピノール は, とした時,
四次の行列の固有値を とする固有値方程式
の固有状態となるようです.それぞれ,順に の固有値を持っています. これは式 の一電子から二電子への拡張です.
ただ,私が具体例を計算したところ,それぞれの状態に直感的に納得できないところがありました. その辺の事情はまた別の機会に書こうと思います.
さあ,いよいよ一般の形の交換相互作用の値 を求めてみましょう! 状態ベクトル(スピノール) は式 の最後の形をしているものとしましょう. それには,次のようにすればいいのだと思います.
三重項のときは, であり,一重項のときは, です.代入して確認すると,確かに となります.一重項と三重項の拡張になっていることが分かるかと思います.今日はこの辺で,お疲れ様でした.