運動方程式1

 力学,いえ物理学全体の要(かなめ)となる法則,それがニュートンの運動方程式 [*] です. なぜそのように重要な方程式が存在しているのか,根本的な理由は誰にも分かりません. 物理学は実験科学ですから,実験によって検証されたもの,それが物理法則となります. 運動方程式は,数々の実験や考察を乗り越え,今なお要として存在し続ける重要な法則です. このページではほんの触りだけ,運動方程式というものについて書きます.

[*]「ニュートンの」を付けたり,単に「運動方程式」と言ったりしますが, 多くの場合,これらは全く同じ意味です.

運動方程式のある生活

 いきなり変なセクションですが,ええと,私たちの生活は様々な行動から成り立っています. みなさん色々な楽しみや,悩みを抱えて生きていることでしょう. しかしそんな複雑な私たちの行動にも,生物としての本能(食べる・眠る・子孫を残す)という, 根本的な原理じみたものが存在します.

 人間でなくても,自然界というのはこれまた大変複雑なものです. 風が吹いて樹がそよぎ,木の葉がゆらゆらと地面に落ちて行く. 空には雲がゆらゆらと.池があったら,これまた水面がゆらゆらと. 風,落下,雲,波.いろいろな運動が見られますが, やはり生物の本能のように,その根本となる法則があります. その最たるものとして,運動方程式を挙げることができます.

 運動方程式を知ることで,もしかしたら日々の生活の本質を見抜く眼力が養われる,かもしれません.

運動の法則

 ニュートンの定めた 運動の法則 とは

  1. 外から力が作用しなければ,物体は静止したままか,等速直線運動をする [慣性の法則]
  2. 物体に力が作用すると,力の方向に加速度を生じる. 加速度はその物体が受ける力に比例し,物体の質量に逆比例する [運動方程式]
  3. すべての作用に対して,等しく,かつ反対向きの反作用が常に存在する [作用・反作用の法則]

の三つでした.この記事で扱うのは2番目の法則,運動方程式です.

 ところでこれら三つから成る運動の法則とやら, 日常の経験と照らし合わせてどうでしょう?実感できるでしょうか. たとえば,平地でも自転車は漕がなければ,いつか止まってしまいます. 加速度っていったい何なのでしょうか.力ってなんだろう? すべての作用に常に反対向きの力が働くって,本当にそうなのかな? ……などなど,いろいろ疑ってみてください.

 これらは,現実生活のなかでは複雑な現象に覆い隠されていて,直接分かるものではないかもしれません. しかし突き詰めて行くと,どうもそういう法則があると考えてよさそうだ. そういう発見を行うこと,大雑把に言えばそれがニュートンの,物理学者達の行ってきた仕事です. 何ごとも,日ごろ目に付くものが本質であるとは限りません. なんでもサラっとできる人でも,陰ではものすごく努力しているかもしれませんね.

 なんだか脱線しましたが,そのような本質をズバリ見抜くこと,それが重要なのです. では節を変えて,肝心の運動方程式に話を戻します.

運動方程式の表現

 現在の言葉で運動方程式を表現すれば

  • 質量 m の物体が,力 \bm{F} を受けるとき,その物体には受けた力に比例した加速度 \bm{a} が生じる

となります.これを定式化,つまり式で表したものが

m\bm{a}=\bm{F} \tag{1}

です.式(1)が,今日「運動方程式」と呼ばれている法則です.えむえー・いこーる・えふ. ここで, \bm{a}\bm{F} が太字になっています. これら太字で書いた量は「 ベクトル である」ということを明示しています.

sakima-equationOfMotion-01.png

 ご覧の通り,運動方程式は質量と加速度と力を結ぶ関係式です. 質量と加速度を掛けたもの m\bm{a} は,力 \bm{F} に等しい,と主張しています. この関係式を,天体などの複雑な運動から見出したことが, ニュートン最大の功績といっても良いかも知れません. 多種多様な運動の(ほぼ)全ての根本に,こんな単純な方程式が潜んでいるって,すごいことですよね.

 それでは,運動方程式を構成する部品について着目してみましょう.

質量(慣性質量)

 質量の単位はキログラム,記号 \mathrm{kg} で表します(これはおなじみですね). 以下,いくつか単位についての説明が出てきますが,すべてSI単位系 [†] です.

 運動方程式(1)の両辺を質量 m で割ってみましょう.

\bm{a}=\frac{1}{m}\bm{F} \tag{2}

この式(2)を言葉で表すと

  • 物体の加速度の大きさは,力に比例し,質量に反比例する(加速度の方向は,力の方向と同じ)

となります.つまり質量とは,物体の動きやすさに関する指標であると言えます.

 さて,外力を受けない限り,同じ運動状態を保つ性質 [‡] のことを「慣性」と言います. 式(2)は,外力と加速度,すなわち運動状態を結ぶ関係式です. その比例係数として,質量が含まれています. この質量は「慣性」に関係しているため,慣性質量と呼ばれることもあります.

[†]またの名を国際単位系.国際的に統一された単位系です.
[‡]「同じ運動状態を保つ」とは,静止した物体は静止したまま, 動いていた物体はそのまま等速直線運動を続けるということです. 等速直線運動の方向は,力が働かなくなったときの接線方向となります.

加速度

 加速度の単位はメートル毎秒毎秒,記号 \mathrm{m/s^2} で表します.

 加速度とは,単位時間当たりの速度の変化率です. つまり,速度が変化するならば加速度が加わっているということです. 「速度が変化する」ということは,「運動が変化する」とおきかえてもいいでしょう. 運動が変化するときには,加速度が加わっています.

 さらに言うと,運動方程式が運動そのものではなく, 加速度という「運動の変化」について語っているということは特筆すべき点です.

 力の単位はニュートン,記号 \mathrm{N} で表します.

 力というものは,なかなか明確に定義するのが難しい量です. ニュートンよりも前の時代,物体が地面に落ちるのは, 物体そのものが持つ性質であると考えられていました. しかしニュートンはそうではなく,力という概念を確立し, 物体が等速度運動を行わないときには必ず力というものが働いていると考えたわけです. すると,物体が地面に落ちる理由は「なにか力が加わっているからだ」となります. さらにそれは,万有引力の法則の発見へとつながりました.

 運動方程式の見方を変えると,これは力を定義している式だとも考えられます. 力の大きさは物体の「質量」と「加速度」の積により表される,という定義です. したがって力の単位は質量,距離,時間によって決められることになります. では,力の単位ニュートンは,質量,距離,時間で表すとどう書けるでしょうか?少し考えてみて下さい.

 考えましたか?

\mathrm{[N]}=\mathrm{[kg\cdot m/s^2]}

ですね.日常生活でも「経済力」や「演技力」などというように(演技力はそんなに日頃使いませんね), 「力」は馴染み深い言葉ですが,物理での「力」は上のようにハッキリと単位が決まっています.

ニュートンの表現

 これまで書いてきたように,現在,運動方程式は m\bm{a}=\bm{F} と書かれます. でもこれは,本来ニュートンが表現したものとは少々違っています. ニュートンはその著書プリンキピアの中で

  • 運動の変化は加えられた起動力に比例し,かつ その力が働いている直線の方向に沿って行われる.

と言い,運動の量については

  • 運動の量とは,速度と物質の量との積で計られるものである.

と述べています.ですのでニュートンによる表現を忠実に定式化すれば

\frac{d}{dt}(m\bm{v})=\bm{F} \tag{3}

となります. \frac{d}{dt} は(時間)微分という操作で,(時間)変化量を計算する演算です. そして m\bm{v} がニュートンの言う「運動の量」であり,現在「運動量」と呼ばれる量です. 式(3)の左辺は「運動量の時間変化」を表していることがみてとれますね. さらに,速度 \bm{v} の時間微分は加速度 \bm{a} ですから, 結局,式(3)は式(1)と同じことを表現しています.

 ただし,式(3)と式(1)が等しくなるのは,質量 m が時間変化しない運動の場合です. 質量が刻々と変化するような運動(たとえばロケットの打ち上げなどでは質量が非常に変化します)を 記述する運動方程式は,式(3)の形で計算しなければならないということを,付け加えておきます.

運動方程式の限界

 ここで紹介したニュートンの運動方程式は,大変重要な法則です. なのですが,万能ではありません. 極端にスケールの小さな領域,極端に速度の大きな領域では, 運動方程式だけでは通用しないことが確認されています. 前者では量子力学,後者では相対論が必要です. ですが,私たちが生活しているスケールでは,ニュートンの運動方程式は十分に成り立ちます.

あとがき

 運動方程式について,書いてきました. ですが,これを読んだからってどうなるわけでもないのですよね(いまさら…). あ,いえ,無駄というわけではないのですよ,もちろん. しかし,運動方程式 m\bm{a}=\bm{F} とは,その形を覚えるだけでは何の威力も発揮しません. いろいろな例題で実際に運動方程式を立てみて,それを解き, そして物理的にどんな状況なのかを理解することも必要です.

 最初は極端に単純化した,高校物理の教科書のはじめのほうに載っているような簡単な例から学び, それから徐々に現実に近い(ということは複雑な)モデルを勉強することになります. 物理が一見無味乾燥に思えるのは,考えやすくするために単純化したためです. その単純なモデルを通じて本質的な考え方を身に付けることができれば, いきいきとした自然現象をも(場合によってはコンピュータの助けも借りて)より深く理解することができます.