国際単位系の分かり難さについて

国際単位系(SI)では \unit{J} = \unit{N \cdot m} と定めていますが,モーメントには \unit{J} を使いません. また, \unit{Hz} = \unit{1/s} = \unit{Bq} で,振動数と放射能の組み立て単位が等しく なります.このような分かり難さを減らすための工夫を考えてみましょう.「モーメントの単位は \unit{J/rad} でもよい」等の根拠について説明します.

仕事とモーメント

仕事を力と変位の内積,モーメントを力と変位の外積で定義すると,組立単位が等しくなることは 避けられません.そこで,力と外積をとるのは変位でなく新しい物理量「回転半径」であると考え, 支点から力の作用点までの距離が 1\unit{m} であるときの回転半径を 1\unit{rm} (radius of rotation in meter) とします.また,これに関連して \unit{rad} の定義を

\unit{rad} = \frac{\unit{m}}{\unit{rm}}

に変更します.SIの \unit{m} の一部を \unit{rm} で置換することによって変わる点,変わら ない点を以下に列挙します.

  1. モーメントの単位は \unit{rm \cdot N} = \unit{N \cdot m / rad} = \unit{J / rad} となり, 仕事の単位 \unit{N \cdot m} = \unit{J} と区別できる.
  2. 角速度の単位は \unit{rad / s} = \unit{m / rm \cdot s} に変わる.
  3. 角運動量の単位を \unit{rm \cdot kg \cdot m / s} = \unit{kg \cdot rm^2 \cdot rad / s} = \unit{s \cdot J / rad} に変更する.
  4. 立体角は回転半径が等しい点の集合(球面)の部分集合の面積なので,単位を \unit{sr} = \frac{\unit{m^2}}{\unit{rm^2}} に変更する.
  5. 円や球に関連する量でも長さ,面積,体積には \unit{rm} を使わない.

この結果,モーメント 2\unit{rm \cdot N} の偶力で 3\unit{rad} 回転させるのに要する仕事は

(2\unit{rm \cdot N}) \cdot (3\unit{rad}) = (2\unit{J / rad}) \cdot (3\unit{rad}) = 6\unit{J}

と計算できます.また,回転半径 2\unit{rm} の円周上を等速運動する質点が 3\unit{rad} 回転したときの移動距離は (2\unit{rm}) \cdot (3\unit{rad}) = 6\unit{m} となります. 一応つじつまが合っていますが, \unit{rad} を無次元でないとすると

y = A \sin \left( \omega t + \frac{\pi}{3}\unit{rad} \right)

のように,実用上数式の表示が非常に煩わしくなります(無次元であれば単位不要). \unit{rm} を用いると上記のようになるということを承知の上で \unit{rm}= \unit{m} として SI に従うのが現実的でしょう. \unit{rad} は無次元ですから,回転半径の単位を \unit{m/rad} , モーメントの単位を \unit{J/rad} と表しても差し支えはありません.

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無次元の量

組立単位の性質上,本質的に \unit{Hz} = \unit{1/s} = \unit{Bq} のような場合が生じることは 避けられません.上記の力と変位の内積も外積も大きさは力の大きさ,変位の大きさに比例し組立単位が 等しくなりますが,式が変われば物理的性質が異なっても当然でしょう(前節では苦し紛れに新しい単位 \unit{rm} を導入しましたが, \unit{rm} = \unit{m} と考える方が自然です). \unit{rad}\unit{m/m} のように工夫してもディスプレイ画面の縦横比(aspect ratio)も \unit{m/m} です.

「倍」が適当な物理量は無次元,比が無次元である二つの物理量は同次元であると考えてると, 1\unit{m/m} は確かに無次元です.また「1坪」と「 1\unit{m^2} 」は同次元です. しかし, \unit{Hz} を「回/秒」, \unit{Bq} を「個/秒」と考えたときの,「1回」や「1個」は 無次元でしょうか.物理の分野では「値が自然数である量はすべて無次元」として扱われていますが, 一般には「人/所帯」,「字/行」,「クロックサイクル/命令」のように「SIの無次元量/SIの無次元量」 でさえ「倍」とは言えない例をいくらでも示すことができます. \unit{Hz} が制定される前は振動数を「サイクル/秒」で表していました.このように表すと周期の単位は 「秒/サイクル」となり,「振動する回数 × 周期 = 所要時間」の計算が分かりやすくなります. せめて値が自然数である量を一括した単位,例えば \unit{cnt} (count),を設けてほしい思いませんか. \unit{Hz}\unit{Bq} のいずれも \unit{cnt/s} に縮退しますが, \unit{1/s} よりは親切です.

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SIで基本単位系の「精選」に拘るのは「より少ない基本単位でより多くの物理量を区別したい」ためです. しかし,基本単位のべき乗の積で表された組立単位による物理量の次元とは何でしょうか. \unit{V} = \unit{J / C} の右辺は,単に基本単位で表わした式を簡単化したものではなく,「単位電荷の 移動に必要な仕事」を表しています.SIで固有の名称が与えれている単位は基本単位と同等に考え,対応する 物理量の性質を理解することが大切です. 物理学の多くの分野では基本単位の \unit{cd}\unit{mol} は不要です.一方,量子コンピューティング の関連分野も対象とするには「ビット」が必要になると思われます.学際的な分野,新しい分野にも柔軟に対応 するには単一の単位系 SI の洗練より階層構造の単位系を目指す方が現実的ではないでしょうか.オブジェクト 指向言語のクラスのように単位系が階層構造になっていれば,下位クラスの単位系の追加・変更は上位クラスの 単位系には影響しないので,「 \unit{mol} を基本単位として認めるか否か」等も大した問題には ならなかったでしょう.

補遺

単位 \unit{rm}\unit{m} に縮退させるのが自然なのは,回転半径が長さとは別の物理量ではなく 長さの一種だからです. \unit{m} という単位は,上記の \unit{cnt} と同様,空間内の幾何学的構造の あらゆる部分の計算に使われます.仕事のときは曲線の長さです.「長さ」とは何でしょうか.面積の 1\unit{m^2} は1辺が 1\unit{m} の正方形と等しい広さを表します.「広さ」とは何でしょうか.

ここで \unit{m} に縮退する別の特殊な単位として,東西方向の \unit{ewm} ,南北方向の \unit{nsm} , 上下方向の \unit{udm} を考えましょう.例えば,東西 2\unit{ewm} ,南北 3\unit{nsm} の土地の面積は

(2\unit{ewm}) \cdot (3\unit{nsm}) = 6\unit{ewm \cdot nsm}

のように計算できます.このような式は一般性に欠けますが, \unit{m^2} を単位とする式より分かり易く なっています.付言すれば,少なくとも \unit{ewm \cdot ewm} をどう定義するか考える機会を与えてくれます.

東海道新幹線上の東京駅からの距離を \unit{tkym} として, \unit{tkym} を単位とする長さで駅を指定 できます.他にも \unit{m} に縮退できる例をいくらでも示すことができます. \unit{rm} を用いた説明を,縮退させる前の単位を明示して \unit{rm} でないものと区別していると 考えれば,見かけほど強引ではないと思いますが,いかがでしょうか.

あとがき

SIに何の疑問も持たないのは問題ですが,本文の主張をそのまま納得するのはそれ以上に問題であるといえます. 他人の資料を参考にして自分の見解をもつことが大切です.