オートジャイロの重心を求める

オートジャイロという乗り物があります.手軽に楽しめる航空機として,日本にも愛好家が大勢います.この記事では,オートジャイロの重心位置を測定することの重要性について述べたいと思います.重心とは何なのか少し曖昧な人は,先に 重心を求める を復習して下さい.この記事は重心の求め方の応用編です.

オートジャイロの紹介

オートジャイロという乗り物を聞いたことがない人が多いと思いますので,どんな乗り物なのか簡単に紹介しておくことにします.(興味の無い人は,このセクションは飛ばしてください.)

オートジャイロは 1923 年に,スペイン人のホアン・デ・シエルヴァによって発明された乗り物です(写真は,初めて飛行に成功した C.4 型.).空を飛ぶための揚力は,上についた回転翼(ローターと言います)を回すことで得ます. C.4 には普通の翼もついていますが,これは後になくなりました.ヘリコプターと違う点は,このローターが動力で駆動されておらず,風車のように空回りしているという点です!

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ローターを回すためのエンジンや燃料が不要なため,構造はとても簡単になります.ヘリコプターの場合,ローターの回転によって機体に生じるトルクを打ち消すため,尾部に小さなプロペラ(テイルローターと言います)が必要ですが,オートジャイロの場合,機体とは独立して勝手に回っているローターからはトルクが生じないため,テイルローターも不要です.本当に,ヘリコプターに比べて簡単な乗り物なのです.

このような構造の手軽さから,個人で自作する愛好家に人気があり,日本にも週末に飛行を楽しんでいる人達がいます.(ホームセンターで買ってきた材料だけでオートジャイロを作ってしまった人もいるほどです!)次の写真は,グラスゴー大学の所有している実験用オートジャイロです.小さくて可愛い!

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オートジャイロの飛んでいる様子が見たい人は,映画『007は二度死ぬ』(1967)を見てみてください.ジェームズ・ボンドがオートジャイロに乗って戦うシーンがあります.(しかも舞台は日本,オートジャイロの飛行・戦闘シーンは,阿蘇山だということです.)

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(映画の絵葉書より)

オートジャイロの重心位置を測定することの意義

いきなりですが,比較のためにまず,普通の飛行機を考えます.通常の飛行機は,全体的に前後に長細い形をしていますので,飛行中,力の釣り合いを保つには前後方向の重心位置が大切になってきます.

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(↑Peter Vercruijsse氏に写真を提供頂きました.ありがとうございました.)

例えば,写真はジャンボの愛称で知られる旅客機,Boeing747-400です.ピッチングモーメント(機首を上下に振るようなモーメント)の発生を考えたとき,青い矢印が少しずれたり大きさが変わっても,これらは中心付近に固まってますのであまりモーメントを発生しません.一方,赤い矢印は,大きさが少し変わるだけで,大きなピッチングモーメントを発生するということが想像できると思います.(機体の重心を中心として,力がシーソーのように働いていると考えて下さい.)

実際,Boeing-747には,燃料タンクが主翼だけでなく尾翼の中にもありますが,飛行中に重心の位置があまり大きく変わらないよう,一度にどこかの燃料タンクを使うのではなく,あちこちの燃料タンクを調節しながら使うようにしているほどです.(それでも重心の位置は変わりますから,それを調節するために尾翼の角度をジャッキで上げ下げして微調整し,水平尾翼の揚力(写真参照)を調整しています.) 左右方向の重心位置も非常に大事ですが,だいたい飛行機は最初から左右対称にできていますし,空気力も左右で対称に働きますので,これも大きな問題にはなりません.

一方,オートジャイロのような前後にも短く,全体的にコロッとした感じの航空機では,高さ方向の重心位置も前後方向の重心位置に劣らず重要になってきます.プロペラの推力,ローターの推力,胴体の抵抗などが一直線上には作用しませんので,高さ方向の重心位置がわずかにずれるだけで,前後方向に重心位置がずれた場合と同様,機体にピッチングモーメントが発生することになるからです.

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図は,前後方向のモーメントを赤で,高さ方向のモーメントを青で模式図的に示したものです.重心回りのモーメントの釣り合いを考えたとき,青い矢印の釣り合いが赤い矢印の釣り合いに劣らず重要なことが見て分かると思います.

[*]胴体にかかる抵抗は主に空気抵抗です.通常これは,ほぼ機体中心近くに作用すると考えることが出来ますが,胴体の形状や表面の状態など様々な要因によって異なりますし,正確に言えば抵抗の空力的作用点は機体の姿勢に応じて常に変化します.空気抵抗の計算は一般的に非常に難しく,この記事では無視することにします.もっとも,オートジャイロの飛行速度は一般に非常に小さく,ローター推力やプロペラ推力に比べて空気抵抗は非常に小さくなりますので,この近似もそれほど悪いものではありません.

このピッチングモーメントの釣り合いが取れていないと,機首が上下に揺れて大変危険です.特に,振幅を増しながらピッチングを繰り返す運動(下図)によって,毎年多くのオートジャイロ愛好家の方が事故で亡くなっているにも関わらず,多くの場合,きちんと原因究明が行われないままパイロットの操縦ミスであったとされ,この現象は PIO ( \text{Pilot Induced Oscillation} :パイロットが引き起こした振動)と呼ばれて片付けられてきました.中には本当にパイロットのミスという事例もあるでしょうが,実は機体重心が不適切な位置にあったために起こる振動も主要な原因と言えるのです.機体の高さ方向の重心の位置さえ適切ならば,多くの PIO は未然に防ぐことができると言えます.重心位置が適切な位置から上下方向に 10 {\rm [cm]} も狂うと, PIO の危険性が非常に増すと言われていますが,パイロットが男性か女性かというだけで,体重や体つきの差により全体の重心が上下に数センチ移動したりしますから,機体の重心位置はかなり正確でなければならないということが言えます.

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危険な PIO に巻き込まれないためにも,前後方向の重心位置だけでなく,高さ方向の重心位置も測る必要があることがお分かり頂けたかと思います.

測定方法

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水平方向の重心位置測定

まず上図のように前輪と主輪の下に秤を置き,それぞれ秤にかかる重さを測ります.(このとき,重心は前輪と主輪の間にあるはずです.もしも主輪よりも後にあったら,機体は後に倒れてしまうはずだからです.)図のように,ホイールベース(前後の車輪の距離)を L ,主輪から重心までの距離を x_{c} とします.このときオートジャイロは触らなければ動くはずはありませんが,よく考えると,動かないということは,重心回りのピッチングモーメントが釣り合っているということに他なりません.ですから,前輪の秤にかかる重さを W_{nose} ,主輪の秤にかかる重さを W_{main} とすると,次の式が成り立ちます.

(L-x_{c})W_{nose} = x_{c}W_{main}

これを解いて,重心の位置 x_{c} は次のように求まります.

x_{c}=\frac{W_{nose}}{W_{main}+W_{nose}}L

とても簡単な計算ですね.これだけで前後方向の重心位置が分かってしまいます.しかしこれで終わりではありません.高さ方向の重心位置も求めて置いた方が良いことを説明しました.次の節を読む前に,どうやったら高さ方向の重心も求めることができるか,読者のみなさんはちょっと考えてみてください.特別な道具は使いません.

垂直方向の重心位置測定

どのようにして測ったら良いか分かりましたか?実は,次の図のように,秤の下に何か挟んで高さをちょっと変えてやれば良いのです.この時の角度変化を \theta とすると,図より,まず L'=L\cos \theta がわかります.

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また,この時の前後方向の重心位置 x'_{c} は先ほどと同じ式を用いて求められます.秤の示す重さは先ほどとは違ってきます.先ほどの測定結果と区別するために,この状態で得られた測定結果には全てダッシュを付けておきます.

x'_{c}=\frac{W'_{nose}}{W'_{main}+W'_{nose}}L'=\frac{W'_{nose}}{W'_{main}+W'_{nose}}L\cos \theta

ところで x'_{c} に関し,先ほど求めた x_{c} と高さ方向の重心位置 z_{c} との間に, x'_{c}=x_{c}\cos \theta +z_{c}\sin \theta という関係がなりたっています.(次の図を見て下さい).

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また,総重量は傾けただけでは変わりませんので, W'_{nose}+W'_{main}=W_{nose}+W_{main} も言えます.これらより次の式が導けます.

z_{c} &= (x'_{c}-x_{c}\cos \theta)\frac{1}{\sin \theta} \\&=\Big( \frac{W'_{nose}}{W'_{main}+W'_{nose}}L\cos \theta - x_{c}\cos \theta \Big) \frac{1}{\sin \theta} \\&=\Big( \frac{W'_{nose} - W_{nose}}{W_{main}+W_{nose}}\Big)\frac{L}{\tan \theta}

角度を測るのには,市販の傾斜計(数千円)を用いたらいいでしょう.秤は,通常の体重計でも良いと思います.(ただし,安物の体重計を使う場合は,繰り返し繰り返し実験し,平均を取る方が良いでしょう.秤の中心にきちんと車輪を乗せることも重要です.)

安全第一

オートジャイロ愛好家の中には,自宅のガレージで手作りで機体を製作される方がたくさんいらっしゃいます.自分で製作すること自体は良いのですが,中には(車やオートバイの愛好家も同じでしょうが),何かとパーツを取り替えてみたり,改造したりするのが好きな方がいらっしゃいます.残念ながら,改造による重心位置の移動まで考慮されている方はそう多くありません.また,最初から自分でオートジャイロを設計する方もいらっしゃいます.設計の際,市販の航空力学の教科書を参考にしても,上下方向の重心位置にまで触れているものはほとんどありませんから,前後方向の重心位置しか考慮しないという設計ミスを犯す場合もあります.できれば勝手な改造をしないに越したことはありませんし,生兵法で設計するのも止めた方が良いのですが,どうしてもというのであれば,製作後・改造後に,是非とも前後・上下両方向の重心位置も測定し,適切な範囲に重心位置があることを確認するようにして欲しいものです.

機体を鎖で吊り下げて,鎖の角度から重心位置を測るという方法がマニュアルに出ている機種がありますが,これでは鎖の線と重心が一直線上に乗ることしか分かりません.二箇所で吊り下げて線の交点を求めれば良いのですが,どちらにしてもオートジャイロを吊るすだけの大掛かりな足場が必要です.

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日本手作りオートジャイロの草分け的存在・国分正紀さん.

写真は,福島県阿武隈川河川敷(梁川橋付近)で手作りオートジャイロの飛行を楽しんでいらっしゃる国分さんが,機体を鎖で吊り下げる方法で重心位置を測定している様子です.(国分さん,写真の提供どうもありがとうございました.)かなり大掛かりな足場ですね.これならば,風が吹かなければ,体重計を使った計測よりも正確に重心位置を測定できるかも知れません.

オートジャイロの重心について,やや専門的な内容にまで触れてしまいました.重心の求め方は,力学の授業や教科書ではあっという間に済んでしまう内容ですし,計算も簡単なので,それ以上あまり色々なことは考えたことが無い人が多いと思います.しかし,簡単な重心測定が人命事故を防ぐこともあるほど,非常に重要な問題でもあるのです.オートジャイロについて,さらに興味ある方は, 国分さん のページにかなり詳しい資料があります.(すばらしいサイトです.)

この記事では,上下方向の重心位置の測定法を考えましたが,『では,オートジャイロの重心はどこにあれば良いのだろう?』という問題に興味がある人は, オートジャイロの静安定性 へ進んで下さい.