天然原子炉

原子力と自然,ひょっとしたら,これら二つからは相反する印象を受けるかもしれません.原子力エネルギーは「自然法則に反した悪のエネルギー」なんて話も…… [*] .もちろん,原子力のエネルギーは自然法則に反してはいません.原子力エネルギーの源である核分裂反応は,放射性物質がある程度あつまれば自然に起こる現象です. アフリカのガボン共和国オクロ地区 のウラン鉱山では,約20億年前の原子炉の化石が発見されています.ウラン鉱床のウランが自然と核分裂反応を起こし,「天然原子炉」として存在していた証拠であるとされています.この記事では,そんな天然原子炉の仕組みにスポットを当ててみます.

[*]http://homepage2.nifty.com/eman/columns/joshiki.html

原子炉のおおまかな原理

天然原子炉の前に,原子炉というものの原理を超おおまかに説明します.世の中にはいろいろ法則というものがありますが,原子炉に関して重要なのは「ある元素が核分裂という反応をすると,エネルギーが出る」という法則です.ある元素とは,たとえばウラン(元素記号 U)やプルトニウム(元素記号 Pu)などの重い元素です.これらの元素が分裂すると,自然の法則に従ってエネルギーが放出されます.

原子炉の超おおまかな説明としては以上ですが,キーワードとして「臨界量」,「放射性同位体」,「半減期」の説明を続けます.また,この記事では核分裂する元素としてウランのみを扱います.

臨界量

核分裂反応のためには,「中性子がウランに飛び込んでくる」というキッカケが必要です.下図のようなイメージです.

NaturalReactor-1.png

核分裂すると,また新しく中性子が飛び出します.その飛び出た中性子は,今度は別のウランに核分裂反応のキッカケを与えます.このように,キッカケをキッカケとしてどんどん核分裂反応が進んで行きます.これを連鎖反応と言います.連鎖反応が続くだけの核分裂燃料(ウランやプルトニウム等)の量を 臨界量 と言います.

U-235 と U-238

ウランやプルトニウムには,核分裂反応を起こしやすいものと起こしにくいものとがあります.元素としては同じなのですが,中身が(内部の中性子の量が)ちょっと違っているのです.原子炉の燃料とする場合,山から掘ってきたウランの中でも核分裂反応を起こしやすいものを選りすぐって(濃縮という操作です)使用しています.核分裂反応を起こしやすいものが {}^{235}\rm{U} (ウランにひゃくさんじゅうご:U-235とも書きます),核分裂反応を起こさないものが {}^{238}\rm{U} (ウランにひゃくさんじゅうはち:U-238とも書きます)です [†] .自然界にあるウランは 99.25% が {}^{238}\rm{U} で,核分裂反応を起こしやすい {}^{235}\rm{U} はたったの 0.72% しか存在していません.

NaturalReactor-2.png

一般的な原子炉では, {}^{235}\rm{U} の濃度を 3〜4% まで濃縮することで,効率的に発電しています.

[†]本当はもう少したくさん種類がありますが,この記事の範囲ではこれだけ知っていれば十分です.

半減期

核分裂する元素というのは,放っておくと自分で勝手に放射線を出して他の元素に変化していきます. ウラン等の原子核は,放っておくと勝手に放射線を出して他の原子核に変化していきます.原子核が放射線を出して別の原子核へ変化することを,壊変と言います.どの原子核がどのタイミングで壊変するのかを正確に特定することはできませんが,「全体として」どういう具合に壊変していくのかは予測することができます.多数の原子核のちょうど半数が壊変するまでの時間を 半減期 と呼びます.

半減期を T ,壊変前の原子核の量を N_0 ,時間 t 経った後の原子核の量を N とすると,

N = N_0\left(\frac{1}{2}\right)^{t/T} \tag{1}

と表すことができます.ここで,上式に t=T を代入してみると N=\frac{1}{2}N_0 となり,半減期の時間だけ経過すると原子核の量が半分になることがわかりますね.

なぜ天然に原子炉が存在していたのか

核分裂反応が自然に起こっていた理由,それは {}^{238}\rm{U}{}^{235}\rm{U} との半減期の差にあります.それぞれの半減期は,つぎの表のようになっています.

種類 半減期
{}^{235}\rm{U} 7億年
{}^{238}\rm{U} 45億年

「半減期が短い」ということは「減っていく率が早い」ことを意味します.すなわち,核分裂反応を起こす {}^{235}\rm{U} は半減期が {}^{238}\rm{U} よりも短いため,過去に遡るほど現在よりも存在比が大きかったのです.

ちょっと計算してみましょう

式(1)を使って,20億年前の {}^{235}\rm{U}{}^{238}\rm{U} の存在比を,簡単な半減期計算で推定してみます.計算には,式(1)半減期,経過時間(ここでは20億年),現在の原子核の量を代入します.現在の原子核の量とは,ウラン1グラム中にどれだけ {}^{235}\rm{U}{}^{238}\rm{U} があるか,という値のことです.今回の計算では存在比を知るのが目的なので,現在の存在比であるパーセント値をそのまま代入してしまいます.

まず,20億年前の {}^{235}\rm{U} の量を求めます. N=0.72\unit{\%} , T=7\times10^8\unit{year}, t=20\times10^8\unit{year} を代入すると

0.72 &= N_0\left(\frac{1}{2}\right)^{20/7}\\N_0   &= \frac{0.72}{\left(\frac{1}{2}\right)^{20/7}}\\      &= 5.22\unit{\%}.

つぎに,20億年前の {}^{238}\rm{U} の量を求めます. N=99.25\unit{\%} , T=45\times10^8\unit{year}, t=20\times10^8\unit{year} を代入すると

99.25 &= N_0\left(\frac{1}{2}\right)^{20/45}\\N_0   &= \frac{99.25}{\left(\frac{1}{2}\right)^{20/45}}\\      &= 135\unit{\%}.

したがって,20億年前の {}^{235}\rm{U} の存在比は

\frac{5.22}{5.22+134}\times100 = 3.75\%

となり [‡] ,現在の原子炉で濃縮されている状態(U-235が 3〜4%)とほぼ同じ割合となっています.

[‡]

以下のように計算したほうがわかりやすいかもしれません.

N_{235} &= N_{235,0} \left(\frac{1}{2}\right)^{t/T_{235}}

N_{238} &= N_{238, 0} \left(\frac{1}{2}\right)^{t/T_{238}}

で割って

\frac{N_{235}}{N_{238}} = \frac{N_{235, 0}}{N_{238,0}}  \left(\frac{1}{2}\right)^{\left(\frac{1}{T_{235}} - \frac{1}{T_{238}}\right)t}

と変形し,それぞれに値を代入します.

オクロ現象

20億年前は {}^{235}\rm{U} の存在する割合が高かったことが,自然に原子炉が生まれていたことの大きな原因となっています.オクロで発見された天然原子炉のように,全く自然発生的に臨界に達し核分裂連鎖反応が持続する現象はオクロ現象と呼ばれています.オクロ鉱床ではさらに,天然水が減速剤の役割をしていたこと等,連鎖反応が持続するには条件が良かったようです(世界各国のウラン鉱床について天然原子炉の存在が研究されていますが,オクロ鉱床以外では天然原子炉の存在は認められていません).

天然原子炉はオクロ鉱床で12個発見され,約60万年間ものあいだ断続的に核分裂連鎖反応を繰り返していたとされています.発生したエネルギーは,現在の100万kW級原子力発電所の原子炉5基を,全出力で1年間運転していたものに相当します.それにしても,自然の摂理といのは偉大です.と同時に,過去に起きた現象を詳細な調査で解明している人類も偉大だなあ,と思ってしまいます.