電子ボルト

「電子ボルト」もしくは「エレクトロンボルト(electron volt)」という言葉は 電磁気学のみならず,さまざまな分野で耳にします. 「ボルト」はよく知られているように,電位差(電圧)の単位です. それでは電子ボルトも電圧の単位なのかな,と思ってしまいそうですが, そうではなくエネルギーの単位なのです. エネルギーと電子とボルトにいったいなんの関係があるのか,について紹介します.

電位差とエネルギー

電位差の単位はボルト \,\rm{V} で表します. 乾電池は普通 1.5\,\rm{V} ですし, 日本の家庭用コンセントの電圧は 100\,\rm{V} です. え,電位差と言ったり電圧と言ったりするけど,違う意味なのかって?  いえいえ,だいたい同じ意味で使っています.

「電圧」と言った場合,使う状況によって意味が少々異なるのです. 「高さ」という言葉もそうですよね.「高低差」を表すのか,「海抜」を表すのか, 使う状況によって解釈が変わります.「電位差」は「高低差」に相当する言葉です. 電池などは電位の高低差,電位差を生み出す装置で,いわば小さな発電機です.

電位差を生み出すのにはなんらかのエネルギーが要ります. 乾電池の場合,化学反応のエネルギーによって電位差を生み出しているのです. エネルギーを使いきったら電位差を生みだせず,乾電池は寿命が尽きてしまいます.

要するに,電位差とは「なんらかのエネルギーが変換されたものだ」,と言うことができます.

位置エネルギーと運動エネルギー

では逆に,電位差をなんらかのエネルギーに変換することもできるはずです. 変換先のエネルギーとして,運動エネルギーを想定してみます. 似たようなものは他にもないかな,と考えて, すぐに思い浮かぶのは重力による位置エネルギーです. 高いところから物を落とすと,どんどん加速されて落ちて行きます. 落としたときの速度がゼロでも,下へ落ちて行ったときには物は速度をもつことになります. そして速度をもつ物には,運動エネルギーがあります.

高低差の場合

言葉ではあやふやな感じがしますから,数式に直してみます. エネルギー保存則から,重力の位置エネルギーが ロスなく運動エネルギーに変換されると考えると

mgh = \frac{1}{2}mv^2

と書けます.数式のイメージとしては,下図のようなものを思い浮かべるといいでしょう.

fig1.png

左辺が重力の位置エネルギー,右辺が運動エネルギーです. ここで m は質量, g は重力加速度, h は高さ, v が速度です. エネルギーですから,単位はジュール \,\rm{J} です.

電位差の場合

いまは電子ボルトのことを考えていますので, 知りたいのは重力による位置エネルギーではなく,電位差による位置エネルギーです. このエネルギーは電荷×電位差で表せます. 電位差を V ボルト,電子の電荷を e とすると

img2.png

です.もちろん単位はジュール \,\rm{J} です. この位置エネルギーから,先ほどと同じようにエネルギー保存則の式を立てると

eV = \frac{1}{2}mv^2

という形になります.図で表すと

fig2.png

のようになります.電子の電荷は負なので, 電位の高い方(プラス側)に向かって加速される事には注意してください. 負の電荷をもつ電子から見れば,プラスの方が「低い」ので, 物が上から下へ落ちるイメージはそのままです.

電子ボルト

さて,電位差のエネルギーの意味が分かったところで,電子ボルトの定義を見てみます. 電子ボルトの定義は

Important

1ボルトで加速された電子1つのエネルギーが1電子ボルト

です.「加速される」というのは先ほどのエネルギー保存則から理解できるでしょう. 定義でも言っているように,電子ボルトとはエネルギーの単位です.具体的な値は,

eV &= 1.6\times10^{-19}\cdot 1 \,\rm{J}\\     &= 1.6\times10^{-19} \,\rm{J}\\         &= 1 \,\rm{eV}

と計算できます. \,\rm{eV} というのは電子ボルトの単位です. 電子ボルトとジュールの関係は

1.6\times10^{-19} \,\rm{J} = 1 \,\rm{eV}

です.なぜわざわざ新たにエネルギーの単位が導入されているのかというと, 式を見て分かる通り,1電子ボルトはジュールで表すにはあまりにも小さな値だからです. 原子レベルの大きさでの現象を考えるときには, 電子1つを1ボルトで加速したエネルギーを考えたほうが都合のいいことが多いので, このような単位が決められているのです.

また,核反応のエネルギーを考える場合は, 電子ボルトでは小さすぎるのでキロ(k)やメガ(M)などの単位接頭記号をつけて

1\times10^3 \,\rm{eV} &= 1 \,\rm{keV}\\ 1\times10^6 \,\rm{eV} &= 1 \,\rm{MeV}

と表すことが多いです.それぞれ「キロ電子ボルト」,「メガ電子ボルト」ですが, 単位記号を読んで「ケブ」,「メブ」と言うこともあります.