微分形式の引き戻し2

私達は 引き戻し という概念を勉強しました. 微分形式の引き戻し1 で勉強した内容は,特に微分形式とは関係なく,変数や関数の座標変換の話だけでした.この記事では,引き戻しという概念を微分形式に適用してみることを考えます.

一次微分形式の引き戻し

まずは,『二次元の世界 M 』から,『三次元の世界 N 』への写像 \phi を考えます.引き戻しの定義と,参考図は,次図のようになります.(詳しくは 微分形式の引き戻し1 を参照して下さい.)

\phi ^{*} f = f \circ \phi     \tag{1}
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[*]『○次元の世界』という表現が,いかにも妖しいと思った人がいるかも知れませんが,数学の言葉で言えば,『○次元多様体の座標近傍』となります.まだ多様体は勉強してませんので,幼稚な表現で逃げています.

ここで \phi が行う写像は,座標系 (x,y) を座標系 (u,v,w) に移すもので,式 (1) の変数を明示的に書けば,次のような状況が表現されています.

g(x,y)  & = (\phi ^{*} f) (x,y)  \\    & = (f \circ \phi)(x,y)  \\     & = f(u,v,w)    \tag{2}

もちろん,ここで u=u(x,y), \ v=v(x,y), \ w=w(x,y) はどれも C^{\infty} の連続一価関数だとします.さて,だいだい準備が整ってきたので, N 上で定義される一次微分形式 \omega _{1} を考えます.

\omega _{1}= F(u,v,w)du + G(u,v,w)dv + H(u,v,w)dw  \tag{3}

この \omega に対する引き戻し \phi ^{*}\omega は,次のように定義しましょう.

\phi ^{*} \omega _{1} &= (\phi ^{*} F)(\phi ^{*} du) + (\phi ^{*} G)(\phi ^{*} dv) +(\phi ^{*} H)(\phi ^{*} dw)  \\ &= (\phi ^{*} F) d(\phi ^{*} u) + (\phi ^{*} G) d(\phi ^{*} v) +(\phi ^{*} H) d(\phi ^{*} w)  \\&= (\phi ^{*} F) d(\phi  u) + (\phi ^{*} G) d(\phi  v) +(\phi ^{*} H) d(\phi  w)  \tag{4}

要するに,右辺の u,v,w に関するところ全てに,個別に \phi ^{*} を作用させた形です.二行目から三行目では, \phi ^{*}f=f\circ \phi を変数 u,v,w に直接適用しました.これは,ごく自然な定義だと思いますが,一行目から二行目への変形, \phi ^{*} (du)=d(\phi ^{*} u) のようにした部分が気になります. \phi ^{*} と外微分 d の順序を勝手に変えたりしていいのでしょうか?これは良いのです.というのは,既に,座標変換と外微分は順序を変えても良いことを, 外微分の座標不変性 の記事中に定理として証明したからです.(覚えてますか?)一般の次数の微分形式 \omega に対して次式が言えます.

\phi ^{*} (d\omega) = d(\phi ^{*} \omega)             \tag{5}

これで,式 (4) の定義も安心です.式 (4) の右辺を詳しく書けば,次のように書けるでしょう.

\phi ^{*} \omega _{1} &= (\phi ^{*} F(u,v,w)) d(\phi ^{*} u) + (\phi ^{*} G(u,v,w)) d(\phi ^{*} v) +(\phi ^{*} H(u,v,w)) d(\phi ^{*} w)  \\  &= (\phi ^{*} F(u,v,w)) d(\phi  u) + (\phi ^{*} G(u,v,w)) d(\phi  v) +(\phi ^{*} H(u,v,w)) d(\phi  w)  \\   &= (F(u(x,y,z),v(x,y,z),w(x,y,z))) \left( \frac{\partial u}{\partial x}dx + \frac{\partial u}{\partial y}dy\right)  \\& \ \ \  + (G(u(x,y,z),v(x,y,z),w(x,y,z))) \left( \frac{\partial v}{\partial x}dx + \frac{\partial v}{\partial y}dy\right) \\& \ \ \ \ \ +(H(u(x,y,z),v(x,y,z),w(x,y,z))) \left( \frac{\partial w}{\partial x}dx + \frac{\partial w}{\partial y}dy\right)       \tag{6}

(6) の右辺が,確かに (x,y,z) の関数で, M 上の一次微分形式になっていることを確認して下さい.

二次微分形式の引き戻し

全く同じようにして,二次微分形式の引き戻しも定義します.まず N 上の二次微分形式 \omega _{2} を考えます.

\omega _{2} = P(u,v,w) dv \land dw + Q(u,v,w) dw \land du +R(u,v,w) du \land dv \tag{7}

こまかい計算は冗漫なので,第一成分の引き戻し \phi ^{*} P(u,v,w) だけ例示します.

(\phi ^{*} P(u,v,w) )dv \land dw      &= (\phi ^{*} P) (\phi ^{*} dv) \land (\phi ^{*}dw)  \\ &= (\phi ^{*} P) d(\phi  v) \land d(\phi w)  \\ &= (\phi ^{*} P) ( \frac{\partial v}{\partial x}dx + \frac{\partial v}{\partial y}dy) \land ( \frac{\partial w}{\partial x}dx + \frac{\partial w}{\partial y}dy) \\& = P(u(x,y),v(x,y),w(x,y))\left( \frac{\partial v}{\partial x}\frac{\partial w}{\partial y}-  \frac{\partial v}{\partial y}\frac{\partial w}{\partial x}\right) dx \land dy \tag{8}

他の成分に関しては,文字を巡回的にずらせば,真面目に計算しなくても次の結果を得られます.

\phi ^{*} \omega _{2} & = \Big[P(u(x,y),v(x,y),w(x,y))\left( \frac{\partial v}{\partial x}\frac{\partial w}{\partial y}-  \frac{\partial v}{\partial y}\frac{\partial w}{\partial x}\right) \\& \ \ \ \ + Q(u(x,y),v(x,y),w(x,y))\left( \frac{\partial w}{\partial x}\frac{\partial u}{\partial y}-  \frac{\partial w}{\partial y}\frac{\partial u}{\partial x}\right) \\& \ \ \ \ +R(u(x,y),v(x,y),w(x,y))\left( \frac{\partial u}{\partial x}\frac{\partial v}{\partial y}-  \frac{\partial u}{\partial y}\frac{\partial v}{\partial x}\right)  \Big] dx \land dy \tag{9}

(9) の右辺も,確かに x,y だけの関数で, M 上の二次微分形式になっていることを確認して下さい.

引き戻しをしても,外微分は不変であること

一次微分形式と二次微分形式を例に,実際に微分形式に引き戻しを適用してみました.実際に手を動かして計算してみると,引き戻しという写像にも少し馴れてくると思います.さて, 外微分の座標不変性 の記事の最後に,『外微分は一般に座標変換によらない』という定理を証明しました.引き戻しも一種の座標変換ですから,この定理をそのまま用いて次のことが言えます.

corollary

引き戻しをしても,外微分は変わりません.

式で書くと, \omega を適当な微分形式として次式のように書けます.

d(\phi ^{*} \omega) = \phi ^{* } (d\omega)     \tag{10}

よく見れば(よく見なくても),『外微分の座標不変性』で示した定理と同じですね.引き戻しも座標変換ですから,むしろ当然の結果でした.

[†]あまり数学的にドライに議論を進めていってしまうと,物理的な意味が分からなくなりがちな部分なので,丁寧にかつ直観的に説明してみたつもりなんですが,イメージは湧いたでしょうか?引き戻しで外微分が不変であるという性質は,いずれ多様体上で微分形式を定義するときに,本質的に重要な性質になってきます.また,繰り返しになりますが, 微分形式の引き戻し1 の註に触れたように, \phi の逆写像やヤコビアンの階数(逆写像があるということはヤコビアンに逆行列があるということです)の観点から,そして,なぜ『押しやり』ではなくて『引き戻し』を考えるのか,写像で変数の次元が変わっても良いということ(そして,それは多様体間の写像であること)等について,もう一度頭を整理してみて下さい.
[‡]引き戻しとは,関数に関して,変数変換後(例では N )の情報から,変数変換前( M )の関数形を,変数を代入することで自動的に得る操作だと言えます.『やっていることは単なる代入だけ』ですから,とても簡単な話です.しかし,その応用的な意味は広汎です.例えば,一般に多様体の位相的な情報は可微分同相写像でなければ保たれませんが,微分形式は同相写像でなくとも保存されるということですから,微分形式を調べることで逆に位相的な変化を調べることも出来ます.そのうち,微分形式の幾何学的な応用についても触れたいと思います.