クラインの四元群

教科書によく出てくるものに,クラインの四元群というものがあります.クラインの四元群とは,位数4の可換群です.位数4の可換群なので, 4 \times 4 の群表(対角線に対して対称になるはず)を書けば,元同士の演算関係を網羅できるはずです.

群の構造としては,群表を書いた時点で説明を尽くしているのですが,具体的にはクラインの四元群は x,y,z 各軸回りに 180 度回転させる回転操作の群として表現されます.

クラインの四元群

次図のように, x 軸, y 軸, z 軸に沿って図形を 180 度回すような回転を,それぞれ p,q,r と名づけます.(有限回転の操作は,一般に非可換です. 無限小回転1 を参照してください.しかし,回転角が 180 度の場合は可換になります.つまり,これは有限回転の操作の中では,かなり例外的なものです.)

Joh-Klein1.gif

例えば, p の操作の後に続けて q の操作を行うことは, r の操作に等しくなります.

Joh-Klein2.gif

想像だけで考えていると混乱してくるので,どうか何か手に取って,実際に回して確認してみてください.同様に, q に続けて r を行う変換は, p に等しくなります.また,同じ変換を二回続けて行うと,何もしなかったの(恒等変換 e )と同じになります.

これらの回転操作 e,p,q,r は群をなします.群表にまとめると,次のようになります.

クラインの四元群の群表
  e p q r
e e p q r
p p e r q
q q r e p
r r q p e
[*]クラインの四元群の元 p,q,r はどれも二乗すると e になりますから位数は 2 だと言えます.クラインの四元群は,巡回群ではない群としては最小のものです.クラインの四元群が存在することと,四次方程式に解の公式が存在することは,ガロア理論によって結び付けられます.

同じ構造の群

上の表中, \{ e,p,q,r \} として,回転操作の代わりに,次のような四つの行列の積を考えても,上と同じ群表を満たします.計算して確かめてみましょう.ただし j は二乗して j^{2}=1 となる, 分離複素数 と呼ばれるちょっと変わった数です.複素数ではありません.

e= \Big( \begin{array}{cc}1 & 0  \\0 & 1  \\\end{array}\Big) , \  \  \  p= \Big( \begin{array}{cc}1 & 0  \\0 & -j  \\\end{array}\Big) , \  \  \  q= \Big( \begin{array}{cc}-j & 0  \\0 & 1  \\\end{array}\Big) , \  \  \  r= \Big( \begin{array}{cc}-j & 0  \\0 & -j  \\\end{array}\Big)

つまり,これらの行列の集合は,群として同じ構造をしているということです.他にもクラインの四元群と同じ構造の集合(元が4つあり,同じ群表を満たすもの)を探してみましょう.

[†]クライン( \text{Felix Klein (1849-1925)} )は,群論の幾何学における重要性を大いに研究した数学者です.クラインがエルランゲン大学で行った講義をまとめた『エルランゲン目録』は特に有名で,「一つの幾何学は,一つの変換群によって不変な性質を研究する不変式論である」との主張を行いました.なんのこっちゃ,と思うかも知れませんが,これはショッキングな宣言です.噛み砕いて言えば,あるタイプの幾何学には,一つの変換群が一対一に対応するという主張なのです.具体的には,ユークリッド幾何学には運動群が,アフィン幾何学にはアフィン群が,射影幾何学には射影変換群が対応するという具合です.このようにして,色々な分野に分かれていた幾何学が,群論によって統一的に扱われる可能性が拓かれ,逆に,群論の研究から,新しいタイプの幾何学が生まれてくる可能性もが示されました.いまや幾何学の勉強に群論は欠かせません.

練習問題1

クラインの四元群は4次の対称群 S_{4} の元のうち, 次の四つを元とする部分群だと言うこともできます.群表を書いて確認してみましょう.(上の群表で e,p,q,r に当たるのは,それぞれどれでしょう?)

\Big( \begin{array}{cccc}1 & 2 & 3 & 4 \\1 & 2 & 3 & 4 \\\end{array}\Big) ,\Big( \begin{array}{cccc}1 & 2 & 3 & 4 \\2 & 1 & 4 & 3 \\\end{array}\Big) ,\Big( \begin{array}{cccc}1 & 2 & 3 & 4 \\3 & 4 & 1 & 2 \\\end{array}\Big) ,\Big( \begin{array}{cccc}1 & 2 & 3 & 4 \\4 & 3 & 2 & 1 \\\end{array}\Big)

練習問題2

二つの文字からなる集合 S=\{A,B \}T=\{1,2\} を考えます.これらを組み合わせできる文字は全部で \{A1,A2,B1,B2 \} の4つです.これに二つの関数 \sigma , \tau を考えます. \sigma は文字に作用すると AB を入れ換えてしまう関数です.すなわち \sigma (A1)=B1,\ \sigma (B2)=A2 のようになります.一方, \tau は数字を入れ換えてしまう関数で \tau (A1)=A2,\ \tau (B2)=B1 のように働きます.

  1. \sigma\tau の結合は可換であることを確認してください.
  2. \sigma , \tau , \sigma \circ \tau と恒等置換 e の四つは群をなし,クラインの四元群と同型であることを確認してください.