イデアルは部分環の一種ですが,とても重要な概念ですので,わざわざ記事を一つ設けました.しかし,この後しばらくは体論をやりますので,イデアルの概念を使う内容は当面出てきません.
それでも,ざっと考え方に触れておくと良いと思います.
[*] | イデアルとはなんとも奇妙な名前です.英語では ![]() ![]() |
環 の部分環
が次の性質を満たすとき,
を イデアル と呼びます.
Important
環 の任意の元
と,
の任意の元
に対し
がなりたちます.
一般に環の乗法は非可換なので,ここで定義したイデアルを特に 左イデアル と言います.逆に を満たすものを 右イデアル と呼びます.イデアルが,左イデアルと同時に右イデアルでもあるとき,これを 両イデアル もしくは単にイデアルと呼びます.
イデアルは既に部分環なので,加法に関しては環 の部分群になっています.乗法の条件が,すこぶる変わっています.『環
に属するどんな元を取って来ても,イデアルの元との積はイデアルに含まれてします』というのですね.
[†] | 積を取れば何でも自分の元になってしまう,という代数的性質を吸収律と呼びます.そのままの命名ですね. |
環 の零元
はそれだけでイデアルになります.
のどんな元も,
を掛ければ
になってしまいますし,
だけで加法も乗法も作れるからです.環
自身も,イデアルになります.零元と環自身の二つは 自明なイデアル と呼ばれます.自明なイデアル以外のイデアルを, 純イデアル と呼んで区別する場合もあります.
整数環 で,偶数全体からなる集合はイデアルです.偶数同士の和,偶数同士の積は偶数になり,偶数だけで部分環になります.さらに,偶数でも奇数でも,偶数を掛ければ偶数になりますから,イデアルの定義を満たしています.
一般に,整数環 で整数
の倍数の全体
はイデアルになります.
R上の多項式環 で,
を代入すると
になる多項式の全体
は,イデアルになります.確認してみて下さい.
単位元を持つ環 のある元
を取り,
の全ての元
に関して集合
を考えると,
は
の左イデアルになります.
実際,この に
の任意の元
を掛けてみると,
という形の積が出てきますが,環が乗法について閉じていることから,これは何か一つの
に等しいはずで,
が成り立つはずですので,確かに
の元と任意の
の元の積は
に含まれます.
これを aで生成された単項左イデアル と呼びます.同様に を aで生成された単項右イデアル と呼びます.単項イデアルのことを 主イデアル と呼ぶ場合もあります.
元 から生成されたイデアルを記号で
のように書くことにします.
環には加法と乗法があったわけですが,加法と乗法とで表わせる と
の組合わせは,式
で表わされるもので網羅されています.(
には
や
も含まれることに注意してください.)
[‡] | 定義と例の羅列だけでは,実感のある理解は難しいかも知れません.イデアルのような抽象概念には,使い慣れて実態が分かるようになってから,自分なりの解釈を加えていくものだと思います.例えば,集合と定義したイデアルが,慣れてくると一つの数に見えてきたりします.代数幾何をやっている人なら,イデアルによって一つの図形を思い浮かべるでしょう.このように,今後,勉強する分野によって色々なイメージが膨らむ可能性があり,咀嚼の仕方は人それぞれで良いのです.また,意味が分からなくなってしまったら,いつでも最初の定義に戻って考え直すことが出来ます.イメージを膨らまし過ぎて危険に陥っても,戻ってくるところ,つまり『定義』がある,というのは数学の素晴らしいところです. |
単項イデアルは一つの元から作ったイデアルでしたが,元を集合にまで拡張し,環 の部分集合
からイデアルを生成することを考えます.式
から,次のように拡張できることが分かります.
これを,集合 から生成されたイデアルと呼びます.
[¶] | ドイツの数学者クンマー( ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
(理想数を考え付いたクンマー)
体のイデアルは自明なイデアル,つまり と体自身のみです.
theorem
体のイデアルは,自明なイデアル( と体自身)だけです.
proof
体 のイデアル
が,
以外の元
を含むとします.どんな元を
に掛けても,その積はイデアルの定義によりイデアルの元になるのですから,
を掛けると,
が要請されます.つまり単位元はイデアルに含まれることになります.すると,
の任意の元
に対して,
がなりたつはずですから,結局
となってしまいます.■
逆に,環が と環自身以外にイデアルを持たないとき,この環は体になります.この定理は環が体になる条件として重要です.
Important
環が自明なイデアル( と環自身)しか持たないとき,この環は体になります.
proof
環 のイデアルが
と
自身のみだとします.すると任意の
の元
に対し,
で生成された単項イデアル
を考えると,
より少なくとも
ですから,最初の仮定により
となります.よって
となるはずで,必ず
となる
が存在することになりますので,
は全ての元に対して乗法の単位元と逆元を持つことになり,体となります.■