組成列と単純群

正規部分群を使って,有限群の組成を探ります.

単純群

G に対し,単位元だけからなる部分群 \{ e \}G 自身は,常に正規部分群になります.そこで \{ e \} と, G 自身を 自明な正規部分群 と呼びます.

二つの自明な正規部分群を除き,正規部分群を他に全く持たない群を 単純群 と呼びます.

[*]1 と自分自身以外に約数を持たない数を素数と呼ぶのでした.単純群の定義は,素数の定義に似ていますね.

ところで,中心について『群の位数が素数の冪ならば,中心は二つ以上の元を持つ』という定理がありました( 群の中心 参照).よって, 群の位数が素数の冪のとき,群は単純群ではない ことが分かります.

組成列

G の正規部分群 H を考えます. H は部分群なのですから,一般に GH の間には次の包含関係がなりたつことは明らかでしょう.

H \subseteq G

G に複数の正規部分群が存在する場合には,それらの間にも包含関係が成り立つはずです.全ての正規部分群を大きな方から並べて番号を振れば,次のような包含関係が成り立つことが言えるでしょう.

G = H_{0} \supset H_{1} \supset H_{2} \supset ...      \tag{1}

最初が等号になっているのは, G の最大の正規部分群 H_{0}G 自身だからです.それ以下の正規部分群同士の関係には等号が入らないことにも気をつけて下さい.

さて,このように正規部分群の包含関係を伸ばしていくと, G が有限群ならば,いつか \{ e \} 以外で最小の正規部分群,すなわち単純群に到達して終わりになるはずです.(正規部分群は,高々 |G| 個しか無いからです.)

[†]これは,どのような有限群でも究極的には単純群にバラせるという,非常にショッキングな主張です.もし,世の中に有限種類の単純群しか無いとすれば,全ての有限群が,それらの組み合わせで記述できることになるからです.いわば,単純群は有限群を書くためのアルファベットのようなものです.有限群論の理論はドイツの数学者フロベニウス (\text{Ferdinand Georg Frobenius (1849-1917)}) によって基礎が固められましたが,単純群の種類は有限なのか無限なのか,有限だとすればどのようなものがあるのか,という問題は大きなテーマで,この解決は当初非常に難しいと考えられていました.しかし 1982 年に全ての単純群の分類が完了し,ある意味,有限群論は終わってしまったのです.全ての分類に証明もつけて本にすると, 5000 ページを越えるということです.有限群の分類はトンプソン( \text{John Griggs Thompson (1932-)} )やゴレンシュタイン( \text{Daniel Gorenstein (1923-1992)} )ら,アメリカの数学者達が 1960-70 年代になしとげた功績です.このあたりのエピソードについては,例えば 参考 などをお読み下さい.また,単純群の分類の話題にさらに興味のある方は,有限群論というような題の本や,岩波書店の数学辞典を参照してください.とにかく,数学の一つの分野が「終わった」と言えるのは,感動的なことです.

(1) の形に正規部分群の列を表現するとき,特に過不足無く正規部分群を並べたものを 組成列 と呼びます.つまり,組成列で隣合う正規部分群 H_{i-1}H_{i} の間に,正規部分群は存在しません.

組成列の隣合う二つの群から作った商群は,単純群になるという性質があります.

theorem

組成列 G = H_{0} \supset H_{1} \supset H_{2} \supset ... の隣合う二つの群から作った商群 H_{i-1}/H_{i} は単純群になります.

この定理の証明は,ちょっと面倒なので省略します.

単純群の不思議

単純群の分類は,以下のような5種類のものに要約されるということです.(これらがどんなものなのか,この記事の筆者も力不足のためよく分かっていません.そして,このトピックに深入りするのも,ここでの目的ではありません.)

  1. 巡回群で位数が素数のもの
  2. n \geq 5 の交代群 A_{n}
  3. シュヴァレー群(リー型線形群)
  4. ねじれシュヴァレー群
  5. 散在的単純群(全部で 26 個)

散在的単純群といわれる 26 種の単純群は,小さい方から位数を見てみても, \text{7920,95040,175560,443520,...} という,かなり大きな群で,位数の並びも不規則のように見えます.散在的単純群については, MathWorld を参照してください.とにかく不思議な群です.

[‡]シュヴァレー群は, ブルバキ 創設メンバーの一人でもあった,クロード・シュヴァレー( \text{Claude Chevalley (1909-1984)} )の名前に由来します.シュヴァレーは環論や代数幾何学をはじめ,近代の代数学の発展と基礎に大きな功績を残した数学者です. 20 世紀前半のフランスには,錚々たる数学者が綺羅星のごとくいました.(ブルバキのホームページは こちら .フランス語です.)
Joh-Chevalley.png

(シュヴァレーは,代数学を現代的なアプローチで再構築したブルバキ創立メンバーの一人.)

可解群

すぐに使う概念ではありませんが,群の組成列に関連した概念を一つ紹介しておきます.有限群 G の部分群の列を考えます.一番大きい部分群は G 自身,一番小さな部分群は \{ e \} です.

G=G_{0} \supset G_{1} \supset ... \supset G_{k-1} \supset G_{k}= \{ e \}

このとき,組成列で隣合う群の商群,つまり G_{n}/G_{n+1} \ (n=0,...,k-1) が全て可換群になるとき, G可解群 と呼びます.

可解という名前は不可解ですね.いったい何を解けるというのでしょうか?実は,代数方程式に解の公式が存在するかどうかを考える際,このような群の組成列を考える必要が出てくるのです.いずれガロア理論の章に再び出てくるでしょう.いまここでガロア理論がどんなものかを説明することは出来ませんが,こんな話題があったことだけでも頭の片隅に記憶しておく良いと思います.