ある集合があって,その集合が,四則演算(加法,減法,乗法,除法)に関して閉じているとき,この集合を 体 と呼びます.
以下の条件を満たす集合を体と呼びます.
いままで群について学んで来ましたが,群には演算が一種類だけ与えられているのでした(そしてそれは加法でも乗法でも良かったのでした).体には,加法と乗法という,二種類の演算が入っています.加法の逆演算は減法,乗法の逆演算は除法ですから,要するに 体とは四則演算が可能な集合のことである と考えられます.
[*] | 体は加法に関しては群,乗法に関しても零元を除いて群になっていますので,いままで群論で勉強した概念が,だいたいそのまま体にも当てはまります.また体は,次に勉強する 環 よりも強い構造ですので,環に当てはまる議論が,ほとんどそのまま体に適用できます. |
[†] | いままで,群論に出てきた情報は一般には非可換でしたが,体の乗法は可換ですので,計算が随分と簡単になることを感じられると思います.体の公理に準じつつも,乗法は非可換の体を「斜体」と呼びます.こんな変な体は,今は覚えなくても大丈夫です. |
下の例を考えながら,『四則演算の定義された集合』というのがどういうものか,堪能してみてください.今まで普通に知っていた集合が多いと思いませんか?
有理数の全体は体です.有理数+有理数,有理数-有理数,有理数×有理数,有理数÷有理数(ただし零では割らない)は,いずれも有理数になるからです.これを 有理数体 と呼び, で表わします.
実数の全体も体になります.実数同士は足したり,引いたり,掛けたり,割ったりでき,結果も実数になるからです.同じく 実数体 と呼び, で表わします.
複素数の全体も体になります.自分で確認してみましょう. 複素数体 と呼び, で表わします.
整数の全体は体ではありません.整数÷整数は,かならずしも整数にはならないからです.自然数の全体も体ではありません.自然数-自然数や,自然数÷自然数が,かならずしも自然数にはならないからです.
整数の加法群 から,素数 の剰余群 を作ります( は の倍数の集合の意味です.なぜ を素数とするのかは後ほど 整域・整数の剰余類の環_ で説明します.)
この元の中で偶数からなる元を , 奇数からなる元を と表わすと,元の間に次のような加法と乗法を定義できます.
零元は ,乗法の単位元は です.このような加法と乗法に対して, は体になります.
例6では,まず具体的に整数の剰余群を考えたので,演算結果も納得し易いものだったと思います.しかし本質的には,例6で考えた演算が内部演算として成り立つ集合は,整数の剰余群に限られる必要はないわけです.そこで例6の結果を,もっとクールに次のように言い換えることができます.
『たった二個の元からなる集合 に のように演算を定義すれば体になる』
[‡] | これだけ最初に見ると のところで吃驚してしまうと思います.この吃驚の意味するところは深長です.ときに『どうして1足す1は2になるんだ?証明してくれ!』という人や『1足す1が絶対2になるように,答えが一つに決まっているから私は数学が好きです(好きでした)』と言う人に出くわしますが,残念ながら,この手の人は数学の一面しか見ていません.日常, になるのは『そのように演算を定義した体の上で加法を行っていたから』というのが真相なのです.ルールの全く無いゲームは出来ないように,演算にもルールがなくてはなりません."普通の"足し算は,小学校以来慣れ親しんで来ていますので,ルールも何も,当たり前なんじゃないかと思いますが,実は,小学校で習ったのは『 になるようにルールを決めて,ルール通りに計算したらやっぱり になったよ』という計算練習だったのです.これは証明する対象なのではなくて,単なる約束事です.(サッカーでボールを手で触ってはいけないのは,証明する事柄ではなくて単なるルールです.同じボールでドッヂボールをやるなら手で取らなければなりません.)例6で見た剰余体は実数体とは異なるルールに従う加法・乗法を持っていました.大事なのは,色々なルールがあるんだということを明示的に意識し,いつでも自分がどんなルールに従って(つまりどんな体の上で)計算しているのかを認識することです( 数学に出てくる○○空間ってなんだ? も参照ください). |
[§] | 上の註は,私達が『数』と呼ぶ集合が,基本的に体であることを念頭に書きました.単に が になる演算規則を考えたいだけなら,体でなくとも,環や群でも良いでしょう. |
[¶] | 例7のような演算規則に従って構成される体をブール体と呼びます.ブール体上の計算は全て と だけになり,計算機理論で応用されています.例6では整数を偶数と奇数に分け,偶数と奇数の演算としてこの演算規則を導入しましたが,実は論理学で使われる真偽表が,まったく同じ規則を満たすのです.下の表は真偽表と呼ばれるもので,例えば一番左の列は『文 の内容』に従って,真の場合は ,偽の場合は が与えられています.記号 は排他的論理和と呼ばれ,『 か のどちらか一方が真である』ことを意味します(そのため両方が真の場合,この命題は偽になります).記号 は論理積と呼ばれ『 かつ が真である』ことを意味します.さらに興味のある方は,ブール代数,数理論理学,ビット演算などをキーワードに勉強してみてください. |
文 | 文 | ||
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0 | 0 | 0 | 0 |
1 | 0 | 1 | 0 |
0 | 1 | 1 | 0 |
1 | 1 | 0 | 1 |
体という概念を最初に導入したのは,デデキント です.デデキントは『有機的な全体として一つに閉じた集合』という意味合いで,ドイツ語で『人体,体』を表わす と名づけました.邦訳はそれをそのまま『体』と訳したわけです.( は死体の意味にもなります.)そこで,体を表わす記号に を用いる教科書も多いようです.この用語については,当初からヨーロッパでも「意味が分かりにくい」という批判があったようで,デデキントもわざわざ真意を説明する補足をしたりしています.デデキントは,自律的に独立して運動できる私達の体に,四則演算のできる集合を喩えたようです.とにかく,もう定着してしまった言葉ですから,私達は慣れるしかありません.英語では, と言わず, という訳語を当てています.イギリス人は,デデキントの命名が気に入らなかったに違いありません.英米系の教科書では,このため体を で表すことが多いです.体は,その上でなにか演算を行う土俵となる集合ですから,その意味合いでいくと, は野原の意味ではなくて,サッカーやラグビーのフィールドのような,何かルールに基づいて試合をする場所の意味に近いかも知れません(用語の成立過程を詳しくしっている人がいたら御一報ください).