拡大体

ある体 F に,幾つかの元を付け足すことで, F を含む体 E を作れるとき, EF拡大体 (もしくは単に 拡大 )と呼びます.

F \subset E

群論では,群の部分群を考えることに興味があり,正規部分群,中心,固定部分群など,部分群に関する色々な話題がありました.一方,体論で興味があるのは,ある体に何か元をつけたして体を拡大していくことです.

さて,体 F の元を {a,b,c,...} とし,ここに新たに元 x を添加する場合を考えてみましょう.体は演算に関して閉じていますから,もともと F に含まれていた元と x を四則演算して組み合わせた元,例えば 1 \over x なども E に含まれるなければなりません.そのため,元を一個だけ添加したつもりでも,通常,拡大体は F+\{ x\} よりずっと大きな集合になることに注意してください.

Joh-Extension1.gif

いま,添加された元と,それらの四則演算によって新しく増えた元をまとめて \{ x,y,z,...\} と書きましょう.つまり \{ x,y,z,...\} \in E , \  \notin F です. F10 を含むことを考えれば,一般に E の元は全て ax + by +... のように, F の元と新たに増えた元の線形結合の形で表現できるはずです.また, F の元と E の元の間には分配法則 \alpha (x+y)=\alpha x + \alpha y がなりたちます.これより,『 EF 上のベクトル空間になっている』と見ることできます.

Important

F の拡大体 E は, F 上のベクトル空間になっています.

ベクトル空間の基底は新たに増えた元 \{ x,y,z,\frac{1}{x}...\} で,係数は F の元 \{ a,b,c,...\} というわけです.また, F 上のベクトル空間と見たときの E の次元を EのF上の次数 もしくは 拡大次数 と呼び, [E:F] と書きます. [E:F] が有限のとき E有限次拡大体 ,無限のとき 無限次拡大体 と呼びます.

拡大体の具体的な例は,次のセクションで見ていきます.

拡大体の拡大次数

ここで,拡大体の表記法を紹介しておきます.体 F に新たに代数的な元 \theta を添加して拡大体を作るとき,その拡大体を F(\theta ) のように書きます.特に,元を一個だけ添加して得られる拡大体を 単純拡大体 と呼びます. F(\theta ) は, F\theta だけ添加した拡大体ですので,単純拡大体です.

[*]拡大体の元について,再び例とともに注意を喚起しておきます. F=\{ a,b,c,...\} x を添加した拡大体を考えます. x\sqrt{2} ならば, a+b\sqrt{2} の形の数を四則演算しても,やはり a+b\sqrt{2} の形のままですので, E の元は全て a+b\sqrt{2} の形に書けると言えます.( \frac{1}{c+d\sqrt{2}} の形のものも,分母・分子に c-d\sqrt{2} を掛けて整理すれば,全て a+b\sqrt{2} の形に帰着します.)これより, Q(\sqrt{2}) の拡大次数は 2 です.一方,もし x=\root 3\of {2} なら, \root 3\of {2} の二乗 \root 3\of {2^{2}} という元も新たに出てきてしまいますので, E の元は一般に a + b\root 3\of {2} + c \root 3\of {2^{2}} のように表わされることになり, Q(\root 3\of {2}) の拡大次数は 3 になります.このように,累乗根を添加するときには拡大次数に注意が必要です.また,代数的元ではありませんが, x=\pi の場合を考えてみましょう. \pi を累乗していっても有理数になることはありませんし, \frac{1}{a\pi + b{\pi}^2+....} というような元も分母・分子を払うというような操作によってはこれ以上整理できません.つまり \pi を四則演算することで,新しい元は無限に出てきてしまうわけで, Q(\pi ) は無限次拡大体になります.(ただし,ここの議論は \pi を繰り返し四則演算していっても有理数になることはない,という事実を前提にしました.)添加する元が一個だけでも,どんな元を添加するかによって拡大次数は様々です.重要なのは,どんな元を添加するかです.

添加した元 \theta が, もとの体上で何次方程式の解になっていたかを考えても拡大次数が分かります. \sqrt{2} は二次方程式の解ですから,拡大次数は 2 です.この辺りの事情は 最小分解体と代数的閉体 で明らかにする予定です.

複素数体は,実数体の拡大体で,拡大次数は 2 であることを確認してみてください.

練習問題

有理数体 Q に, \root 5\of {2} を添加してできる拡大体を考えます.

  1. Q(\root 5\of {2}) の元が一般にどのような形をしているかを示して下さい.
  2. 拡大次数が 5 であることを確認してください.
  3. Q(\root 5\of {2})Q 上のベクトル空間とみるとき,基底の組を一つ挙げて見てください.

拡大体の列

F_{0} から次々に拡大体を重ねていくと,次のような拡大体の列が出来ます.

F_{0} \subset F_{1} \subset F_{3} \subset .... \subset F_{n}

このとき,列の基礎になっている F_{0}基礎体 と呼びます.

素体

逆に,部分体を考えて行くとき,これ以上小さな部分体が取れない(部分体は体自身のみ)となる体を 素体 と呼びます.有理数体は素体です.

theorem

有理数体 Q は素体です.

proof

仮に Q が部分体 S を持つとします. S \subset QS は体ですので,乗法の単位元 1 を含みます.加法の逆元も含むはずですので, -1S の元です.すると,全ての整数は 1-1 の加減で表わせてしまいますので,整数は全て S の元です.有理数は二つの整数 a,b によって a/b (b \ne 0) の形で表わされるはずですが,整数は全て S の元であり,また S は乗法と(その逆演算である)除法についても閉じているはずですから,全ての有理数を含みます.よって S=Q です.■

同様に,素数 p に関する整数の剰余体 Z_{p} も素体になります.証明は, Q と同じようにして示せます.

theorem

素数 p の剰余体 Z_{p} は素体です.

実は『全ての素体は, QZ_{p} と同型である』と言えるのです.後ほど 素体 の記事で証明します.

次数の定理

F の拡大体を EE の拡大体をさらに D とします.つまり, EFD の中間体です.

F \subset E \subset D

このとき,次数に関して次の定理が成り立ちます.とても重要な定理です.証明は,無限次拡大と有限次拡大の組み合わせを 3 つに場合分けして示します.証明自体は簡単ですが,少し長く,あまり面白くないのでので,最初は結果だけを了承して先へ進んでも構いません.

theorem

[D:F]=[D:E][E:F]

proof

まず [D:E]=\infty の場合を示します.つまり DE の無限次拡大になっています.このとき, D には E 上線形独立な元 x_{1},x_{2},...,x_{n} を何個でも含むことが出来ます(無限次拡大なので,線形独立な元は無限個あります). FE の部分体なので, E 上線形独立な x_{1},x_{2},...,x_{n} は, F 上でもやはり線形独立でなければなりません.これより [E:F] の次数に関わらず [D:F]=\infty となることが要請されます.( \infty = \infty \times m の場合の証明.)■

proof

次に [E:F]=\infty の場合, E には F 上線形独立な元 y_{1},y_{2},...,y_{n} を何個でも含むことが出来ます. DE の拡大体なので,当然 y_{1},y_{2},...,y_{n} も含みます.これより [D:F]=\infty が要請されます.( \infty = m \times \infty の場合の証明.)■

上の二つの場合に \infty = \infty \times \infty の場合を含めることが出来ます.最後に [E:F][D:F] も有限次拡大の場合の証明を示します.

proof

まず [D:E]=m, \ [E:F]=n と置きます.このとき EFn 次のベクトル空間, DEm 次のベクトル空間と見なせます. D の任意の元は高々 m 個の元の線形結合で表され,その個々の係数は, F の元を係数とした高々 n 項の線形結合で表現されますから, DFmn 次のベクトル空間になっています.■