代数学と幾何学の邂逅

代数的演算と幾何的演算の橋渡しがされた歴史を紹介します.

フェルマーの幾何学

フェルマーの定理などで有名なフランスの数学者ピエール・ド・フェルマー( \text{Pierre de Fermat (1601-1665)} )は,古代ギリシャの数学者アポロニウス( \text{Apollonios of Perga (B.C.262-B.C.190))} の著した『 円錐曲線論 』(原題は \kappa \omega \nu \iota \kappa \omega \nu )を研究し,図形を方程式で表現することを始めた最初の数学者です.それまでは,数式の計算と図形の問題は全く別々のものだと考えられていましたので,これは非常に画期的な手法でした.古代バビロニアや古代ギリシャでも,限定的に幾何学の計算に代数学を応用することはありましたが,例えば面積や体積を x^{2}x^{3} に対応させて方程式を解くといった程度のもので,このレベルを越えることはありませんでした.座標という概念や,より一般的な曲線や軌跡の表現にも代数方程式を使ったのはフェルマーの功績です.

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(本職の数学者ではなかったフェルマー)

フェルマーは,座標系を設定するのに,原点と,原点を通る軸を一本定め,平面上の一点から,その軸へ引いた線分の長さ(図中の y )と,原点から線分の足までの長さ(図中の x )を座標 (x,y) と定義しました.これは今日,斜交座標と呼ばれているもので,今日の私達から見ると少し変わった座標の取り方です.

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フェルマーはこの座標を用いて,線分の方程式と円錐曲線を代数方程式として表わすことに成功しました.また逆に,方程式を満たす座標の軌跡をその方程式の表わす図形と対応させ,曲線の分類を行うという,のちに解析幾何学へと発展する研究を行いました.解析幾何学への道を拓いたという点で,フェルマーの功績は非常に大きなものがありますが,フェルマーは古代ギリシャ人同様, 方程式の同次性 にこだわり,異なる次数の項を含む方程式を幾何学の文脈で認めることを潔しとしませんでした.

例えば,文字 a が辺の長さを表わす場合,二次の項 a^{2} は面積,三次の項 a^{3} は体積を表わすと考えることができます.(簡単な代数方程式に,面積や体積などの図形的イメージを対応させることは古代バビロニアでも既に行われていました. 平方完成の図形的イメージ を参照してみてください.) 例えば, x+y=a は『辺の長さの和 x+y が,長さ a に等しい』ことを示し, x^{2} + y^{2} = z^{2} は『面積の和 x^{2} + y^{2} が面積 z^{2} に等しい』ことを意味するといった具合です.しかし,この視点に固執すると,例えば y+xz+xyz=0 という式は,『長さと面積と体積を足す(!?)』という幾何学的にナンセンスな主張を表わしていることになり,無意味な式だと考えざるをえません.実は,次節に見るように,次数の違う項の混じった方程式が,幾何学的に無意味だというわけではないのですが,フェルマーも古代ギリシャ以来の"同次式の呪縛"に囚われていましたので,代数的演算を自由自在に幾何学的演算に役立てるには至りませんでした.

[*]そういえば,有名なフェルマーの大定理に出てくる式 x^{n} +y^{n} =z^{n} も同次式ですね!

デカルトの幾何学

古代ギリシャ以来,フェルマーも含めて,幾何学における式は『同次式でなければ意味がない』と考えられていたわけですが,この呪縛を解いたのがデカルト( \text{Ren\'e Descartes (1596-1650))} です.デカルトは幾何学的文脈においてでさえ,辺,面積,体積などの区別を問題にせず,数そのものを研究しました.これは計算における大きな視点の転換だったに違いありません.

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(『我思う故に我あり』(cogito ergo sum)の一文はあまりにも有名)

例を二つ挙げましょう.デカルト以前の数学者にとって, ab が辺の長さを表わす場合, aba , b を辺の長さとする長方形の面積を表わす量でした.これに対しデカルトは, ab も単にある数を表すだけであり,次の比例式の第四項を表わすに過ぎないと考えたのです.

1:a=b:ab

この式の第四項が必ずしも面積を意味しているのではないことは,次の図から分かります.図中, abab 同様,辺の長さを表わしています.(線分 AB と線分 CD が平行なので, OA:OC = OB:OD が成り立つのは大丈夫ですね.) ab に対してさらに同様の図を描けば,今度は三次の項で辺の長さを表わすものが求められます.この操作は無限回繰り返せますので,結局,辺の長さであっても x^{n} の形の項は幾らでも存在しており,これらの和や差も幾何学的に無意味ではなくなります.

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(図1)

同様に,デカルト以前の数学者にとって, a が辺の長さを表わす場合, \sqrt{a} は幾何学的意味を持ちませんでした.『二乗したら辺の長さになる』ような幾何学的量は存在しないからです.ところが,デカルトは次の図を描き, a\sqrt{a} のどちらも単に辺の長さを表わす例を示しました.

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(図2)

ここから,直径 1+\sqrt{a} の円を描いて同じ操作を繰り返していくことも可能ですから,結局 \root 2n\of {a} は全て辺の長さとして作図可能になります.これらの図は,デカルトの書いた『 幾何学 』(原題は \text{"La g\'eom\'etrie"} )に出ているものです.

上の二例により,線分の長さの n 乗や 2n 乗根もやはり線分の長さを表わす(ことができる)ことがわかりました.ここに至って,次数が違う文字同士の計算や,高次の代数方程式でも,幾何学的意味を失わずに文字計算を行える道が拓けました.これ以後,代数的演算と幾何学的演算の対応はより自由になり,代数学の成果を幾何学に存分に応用できるようになります.今の私達にとっては何でもないことのように思えますが,幾何学的方程式が『同次式の呪縛』から逃れるのに数千年の時間を要したことに思いを致してみましょう.

[†]ここで例示した二つの図は,『定規とコンパスだけで作図できる図形にはどのようなものがあるか?』という問題に深く関係します.例えば, 2n 乗根で表わされる長さが作図可能なことは例に見ましたが, 3 乗根は作図できないのでしょうか?この問題に取り組むには少し準備が要ります.いずれ体論で,この作図可能性の問題を取り上げる予定です.

練習問題

定規とコンパスで,正五角形を作図する方法を考えてみましょう.

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(ヒント:この方法をいきなり思いつくのは大変ですが,円の半径を 1 として解析的に辺や対角線の長さを計算してみると,一辺の長さは \frac{\sqrt{10-2\sqrt{5}}}{2} ,図中青線で表わされる対角線の長さは \frac{\sqrt{10+2\sqrt{5}}}{2} と分かります.根号・和・差は,どんなに大変でも必ずコンパスと定規で描けるはずです.まずはピタゴラスの定理を使って,辺の長さが 1: \frac{1}{2}: \frac{\sqrt{5}}{2} の直角三角形を描いてみましょう.)

正五角形の作図法は古代ギリシャで既にユークリッド( \text{Euclid of Alexandria (B.C.325-B.C.265)} )やトレミー( \text{Claudius Prolemy (85-165)} )によって知られていました.正五角形の辺と対角線の長さの比は,黄金比と呼ばれる値 \phi = \frac{1+\sqrt{5}}{2} になります.