部分群

部分群という言葉は,ここまでにも何度も出てきました.直観的にも理解しやすい概念だとは思いますが,あまり正確に定義してはいませんでした.今後の議論に備えて,もう少し議論を掘り下げます.

ここまでは群の例を考えてきましたが,この辺りから群の性質に関する話が増えてきます.内容が抽象的すぎて分からないと感じたら,いつでも簡単な具体例に戻り,その話題を十分に消化するまで悩むことが大切です.先を急いではいけません.

部分群

ここまで,部分群という言葉をあまり正確に定義せずに使ってきましたが,今後,群を部分群に分けることが話題になりますので,まずは,もう少し丁寧に部分群の定義を与えるところから始めます.

G の部分集合 H が次の二つの条件を満たすとき, HG の部分群と呼びます.

  1. a,b \in H \ \Longrightarrow \ ab \in H  \  \  \  (1)
  2. a \in H \ \Longrightarrow \ a^{-1} \in H  \  \  \  (2)

まず,ここで行われている演算は, G の演算と同じですから,結合則がなりたつことは前提になっています.最初の条件は,演算が閉じていること,すなわち群の公理の一番目の条件です.二番目の条件は,逆演算が存在するという主張です.

あとは,単位元の存在が示せれば H も群だと言えるのですが, (1)b=a^{-1} と置けば, aa^{-1} = e \in H となって, (1)(2) から自動的に単位元の存在は保証されます.すなわち, 1.2. を満たすことが,部分群となるための条件です.

G の部分群のうち,最大のものは G 自身です.また,最小のものは単位元 e だけからなる群 \{ e\} です.この二つは 自明な部分群 と呼びます.どんな群にも,この二つの部分群だけは必ず存在するからです.これら以外の部分群を 真部分群 と呼びます.真部分群があるかないかは,群によります.

巡回部分群

G (どんな群でも構わない)の任意の元 a に対し, a を生成元とする巡回群 H が存在するならば, HG の部分群となります.これを 巡回部分群 と呼びます.

巡回部分群 H が,部分群の定義 (1)(2) を満たすことを確認してみましょう.まず, H には a の全ての冪乗が含まれているはずですので,次式がなりたちます.

a^{i}, a^{j} \in H \ \Longrightarrow \ a^{i+j}

また, a^{i} に対して a^{-i} も必ず H に含まれてますから,逆元が存在し, a^{i}a^{-i}=e より単位元も H に含まれます.

部分群のもう一つの定義

上で与えた部分群の定義は直感的に意味も分かりやすく,十分にシンプルなものですが,さらに二つの条件を一つにまとめてしまうことができます.

条件 (1)(2) より,次式が言えます.

a,b \in H \ \Longrightarrow \ a^{-1}, b \in H \  \Longrightarrow a^{-1}b \in H  \tag{3}

条件 (3) は条件 (1)(2) から導かれた必要条件です.しかし逆に a,b \in H \ \Longrightarrow \  a^{-1}b \in H が成り立つとすると, b=e と置くことで, a,e \in H \ \Longrightarrow \  a^{-1}e=a^{-1} \in H となり, 条件2.を導けます.

条件 (2) が示せると,ここから a,b \in H \ \Longrightarrow \  a^{-1},b \in H  \ \Longrightarrow \  (a^{-1})^{-1}b \in H \ \Longrightarrow \  ab \in H として,条件(1)も導けます.(単位元は, b=a とすれば, a,a \in H \ \Longrightarrow \  a^{-1}a=e \in H となり, H に含まれることが示せます.)

従って,条件 (3) は条件 (1)(2) の必要十分条件になっており, (1)(2) の代わりに (3) を部分群の定義にしても良いということになります.

[*]パッと見たところ,式 (3) は片一方にだけ {-1} が付いていたりして,これだけから群の公理を示せるというのが分かりにくい式形です.しかし,馴れるしかありません.

まとめ

ここまでの議論をまとめます.次の 1.4. は,部分群の定義としてどれも同値だということになります.

  1. HG の部分群である.
  2. a,b \in H  \  \Longrightarrow  \ ab \in H; \ \ e \in H; \ \ c \in H  \ \Longrightarrow \ c^{-1} \in H
  3. a,b \in H \ \Longrightarrow \ ab \in H, \ a^{-1} \in H
  4. a,b \in H \ \Longrightarrow \ a^{-1}b \in H

4番目の定義が,ぱっと見ただけでは分かりにくいかも知れませんが,一番簡潔な表現になっているため,今後よく出てくることと思います.これを機会に慣れておきましょう.

[†]加法群では x^{-1}=-x と書かれますので,4番目の定義は a,b \in H \ \Longrightarrow \ -a +b \in H となります.こんな形にも慣れておくと良いです.

練習問題

四番目の定義を使って,次のことを確認してみましょう.

  1. 正の実数全体 R^{+} は,実数の乗法群 R-\{0 \} の部分群になります.
  2. 正則な n\times n 行列全体の作る群の中で, n \times n の直交行列全体の作る集合は部分群になります(直交行列とは転置行列 A^{t} が逆行列 A^{-1} になるような行列で, A^{t}A=AA^{t}=E を満たすものです.)

記号

H が群 G の部分群であることを,記号で H \subset G のように書きます.記号 \subset , \supset は集合同士の包含関係を示すときに使い, \in , \ni は元の帰属関係を示すのに使います.例えば, \alpha , \beta \in K と書けば, \alpha\beta が集合 K の元だという意味です.混乱しないように,記号に慣れていきましょう.

一つの定理

部分群になりたつ定理を一つだけ紹介しておきます.

theorem

任意の部分群 H には H^{2}=H がなりたちます.

proof

証明は簡単です. e \in H より, H の元 h \in H に対して eh \in HH  \ \longrightarrow \ h \in H^{2} がなりたちます.これより H \subset H^{2} が導かれます.一方, H は群なので演算について閉じているので hh \in H のはずで,これより H^{2} \subset H が導かれます.二つの式より H=H^{2} が要請されます.■

[‡]二つの集合 A,B が等しいことを示すのに,ここでやったように A \subset BB \subset A を両方示し,ゆえに A=B と結論づけるのはよくやる証明のテクニックです.